・・・ もう忘れたか、覚えがあろう、と顔を向ける、と黒目がちでも勢のない、塗ったような瞳を流して、凝と見たが、「あれ。」と言いさま、ぐったりと膝を支いた。胸を衝と反らしながら、驚いた風をして、「どうして貴下。」 とひょいと立つと、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・――と自分は水晶のような黒目がちのを、すっきりみはって、――昼さえ遊ぶ人がござんすよ、と云う。 可し、神仏もあれば、夫婦もある。蝋燭が何の、と思う。その蝋燭が滑々と手に触る、……扱帯の下に五六本、襟の裏にも、乳の下にも、幾本となく忍ばし・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・……手拭を口に銜えた時、それとはなしに、面を人に打蔽う風情が見えつつ、眉を優しく、斜だちの横顔、瞳の濡々と黒目がちなのが、ちらりと樹島に移ったようである。颯と睫毛を濃く俯目になって、頸のおくれ毛を肱白く掻上げた。――漆にちらめく雪の蒔絵の指・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ふと気が付いて見れば、中庭の奥が、古木の立っている園に続いていて、そこに大きく開いた黒目のような、的が立ててある。それを見た時女の顔は火のように赤くなったり、灰のように白くなったりした。店の主人は子供に物を言って聞かせるように、引金や、弾丸・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・と、太郎はくるくるした黒目を光らしていいました。 その間に、甲・丙・丁などは、すきをうかがって逃げ出して早く学校の門へ入ってしまおうと、あちらに駆け出しました。太郎は、そのほうをしりめにかけて、あえて追おうとはいたしませんでした。・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・ふと気が付いて見れば、中庭の奥が、古木の立っている園に続いていて、そこに大きく開いた黒目のような、的が立ててある。それを見たとき女の顔は火のように赤くなったり、灰のように白くなったりした。店の主人は子供に物を言って聞かせるように、引金や、弾・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・ といって黒めがちの眼をくるっと大きく開いて、それから指折りかぞえ、たいへん、たいへん、と笑いながら言って、首をちぢめて見せましたが、なんの意味だったのかしら、いまさら尋ねる便りもございませんが、たいへん気にかかります。 ――あかるいう・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ことにも生えぎわが綺麗で、曇のない黒目がちの目が、春の宵の星のように和らかに澄んでいた。芸人風の髪が、やや長味のある顔によく似あっていた。 お絹は著ものを著かえる前に、棚から弁当を取りだして、昨夜から註文をしておいた、少しばかりの御馳走・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 娘は、唇をすぼめ、悩ましそうに一寸肩をゆすった。「――親戚はございませんですが……」 黒目がちの瞳で顔をじっと見られ、さほ子は娘の境遇を忽ち推察した。「じゃあ、友達のところにいるの?」「――はあ」 給料のことも簡単・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 病後の様に髭を生やして、黒目鏡をかけた貧しげな父親の前に、お君は、頬や口元に、後れ毛をまといつけながら子供の様に啜泣いて居た。 ほんによう来とくれやはった、 まっとんたんえ、父はん。 口下手なお君には、これ以上・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫