・・・何でも平押しにぐいぐい押しつけて行く所がある。尤もその押して行く力が、まだ十分江口に支配され切っていない憾もない事はない。あの力が盲目力でなくなる時が来れば、それこそ江口がほんとうの江口になり切った時だ。 江口は過去に於て屡弁難攻撃の筆・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・けれども、紀代子が拒みもしないどころか、背中にまわした手にぐいぐい力をいれてくるのを感ずると、だしぬけに気が変った。物も言わずに突き放して、立ち去った。ふと母親のことを思ったそんな豹一の心は紀代子にはわからず、綿々たる情を書き綴った手紙を豹・・・ 織田作之助 「雨」
・・・何か圧倒的に迫って来る逞しい迫力が感じられるのだ。ぐいぐい迫って来る。襲われているといった感じだ。焼けなかった幸福な京都にはない感じだ。既にして京都は再び大阪の妾になってしまったのかも知れない。 東京の闇市場は商人の掛声だけは威勢はいい・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ 第四角まで後方の馬ごみに包まれて、黒地に白い銭形紋散らしの騎手の服も見えず、その馬に投票していた少数の者もほとんど諦めかけていたような馬が、最後の直線コースにかかると急に馬ごみの中から抜け出してぐいぐい伸びて行く。鞭は持たず、伏せをし・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・ぼんやりした顔をぬっと突き出して帰って来たところを、いきなり襟を掴んで突き倒し、馬乗りになって、ぐいぐい首を締めあげた。「く、く、く、るしい、苦しい、おばはん、何すんねん」と柳吉は足をばたばたさせた。蝶子は、もう思う存分折檻しなければ気がす・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・頭の髪を握ってぐいぐい引っぱってやっと起こした。『この児はひどい事をする』と言いながら大あくびをして、『サアサア! 一番槍の功名を拙者が仕る、進軍だ進軍だ』とわめいて真っ先に飛び出した。僕もすぐその後に続いた。あだかも従卒のように。・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・吉はぐいぐいと漕いで行く。余り晩くまでやっていたから、まずい潮になって来た。それを江戸の方に向って漕いで行く。そうして段やって来ると、陸はもう暗くなって江戸の方遥にチラチラと燈が見えるようになりました。吉は老いても巧いもんで、頻りと身体に調・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ので、人のからだの下へぐんぐん顔をつッこんでうつ伏しになっていたが、しまいには、のどがかわいて目がくらみそうになる、そのうちに、たまたま、水見たいなものが手にさわったので、それへ口をつけて、むちゅうでぐいぐい飲んだまではおぼえているが、あと・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 私はコップを受け取って、ぐいぐい飲んで、飲みほし、仰向に寝た。「さあ、もう一眠りだ。キクちゃんも、おやすみ。」 キクちゃんも仰向けに、私と直角に寝て、そうしてまつげの長い大きい眼を、しきりにパチパチさせて眠りそうもない。 ・・・ 太宰治 「朝」
・・・そのうちに東京は大空襲の連続という事になりまして、何が何やら、大谷さんが戦闘帽などかぶって舞い込んで来て、勝手に押入れの中からブランデイの瓶なんか持ち出して、ぐいぐい立ったまま飲んで風のように立ち去ったりなんかして、お勘定も何もあったもので・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
出典:青空文庫