・・・シカシ今井の叔父さんはさすがにくたぶれてか、大きな体躯を僕のそばに横たえてぐうぐう眠ってしまった。炉の火がその膩ぎった顔を赤く照らしている。 戸外がだんだんあかるくなって来た。人々はそわそわし初めた、ただ今井の叔父さんは前後不覚の体であ・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・その声は、のどの最上部にまで、ぐうぐう押し上げて来た。 が、彼は、必死の努力で、やっとそれを押しこらえた。そして、前よりも二倍位い大股に、聯隊へとんで帰った。「女のところで酒をのむなんて、全くけしからん奴だ!」 営門で捧げ銃をし・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ ところが、夜になって、王女のお部屋へとおされて、しばらく王女の顔を見ていると、どんな人でもついうとうと眠くなって、いつの間にかぐうぐう寝こんでしまいました。それで、来る人来る人が、一人ものこらず、みんな王さまにきり殺されてしまいました・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・おれのうちの女房などは、晩げのめし食うとすぐに赤ん坊に添寝して、それっきりぐうぐう大鼾だ。夜なべもくそもありやしねえ。お前は、さすがに出征兵士の妻だけあって、感心だ、感心だ。」などと、まことに下手なほめ方をして外套を脱ぎ、もともと、もう礼儀・・・ 太宰治 「嘘」
・・・ 二度目にめがさめたときには、傍のかず枝は、ぐうぐう大きな鼾をかいていた。嘉七は、それを聞いていながら、恥ずかしいほどであった。丈夫なやつだ。「おい、かず枝。しっかりしろ。生きちゃった。ふたりとも、生きちゃった。」苦笑しながら、かず・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・大尉は、すでにぐうぐう高鼾です。 その夜は、その小都会の隅から隅まで焼けました。夜明けちかく、大尉は眼をさまし、起き上がって、なお燃えつづけている大火事をぼんやり眺め、ふと、自分の傍でこくりこくり居眠りをしているお酌の女のひとに気づき、・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・、しらじらと夜の明けた頃に、こんどは、こたつを真中にして、みんなで雑魚寝という事になり、奥さまも無理にその雑魚寝の中に参加させられ、奥さまはきっと一睡も出来なかったでしょうが、他の連中は、お昼すぎまでぐうぐう眠って、眼がさめてから、お茶づけ・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・可哀そうなアベルの話を聞かせているうちに、君は、ぐうぐう眠っちゃったじゃないか。君は、仙人みたいだったぞ。」「まさか。」私は淋しく笑った。「ゆうべから、ちっとも寝ないで仕事をしていたものだから、疲れが出ちゃったんだね。永いこと眠っていた・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・第一僕はぐうぐう寝てしまうから、いつどんなに吠えるのか全く知らんくらいさ。しかし婆さんの訴えは僕の起きている時を択んで来るから面倒だね」「なるほどいかに婆さんでも君の寝ている時をよって御気を御つけ遊ばせとも云うまい」「ところへもって・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・さっき温泉に這入りに来る時、覗いて見たら、二人共木枕をして、ぐうぐう寝ていたよ」「木枕をして寝られるくらいの頭だから、そら、そこで、その、小手を取られるんだあね」と碌さんは、まだ真似をする。「竹刀も取られるんだあねか。ハハハハ。何で・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫