・・・ やがてあの魔法使いが、床の上にひれ伏したまま、嗄れた声を挙げた時には、妙子は椅子に坐りながら、殆ど生死も知らないように、いつかもうぐっすり寝入っていました。 五 妙子は勿論婆さんも、この魔法を使う所は、誰の眼に・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・が、藤井はいつのまにか、円卓に首を垂らしたなり、気楽そうにぐっすり眠こんでいた。 芥川竜之介 「一夕話」
・・・自分は子供の泣きやんだ後、もとのようにぐっすり寝入ってしまった。 翌朝目をさました時にも、夢のことははっきり覚えていた。淡窓は広瀬淡窓の気だった。しかし旭窓だの夢窓だのと云うのは全然架空の人物らしかった。そう云えば確か講釈師に南窓と云う・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・ 白は独語を云い終ると、芝生にをさしのべたなり、いつかぐっすり寝入ってしまいました。 × × ×「驚いたわねえ、春夫さん。」「どうしたんだろう? 姉さん。」 白は小・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・僕は頭痛のはじまることを恐れ、枕もとに本を置いたまま、○・八グラムのヴェロナアルを嚥み、とにかくぐっすり眠ることにした。 けれども僕は夢の中に或プウルを眺めていた。そこには又男女の子供たちが何人も泳いだりもぐったりしていた。僕はこのプウ・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・妻は燃えかすれる囲炉裡火に背を向けて、綿のはみ出た蒲団を柏に着てぐっすり寝込んでいた。仁右衛門は悪戯者らしくよろけながら近寄ってわっといって乗りかかるように妻を抱きすくめた。驚いて眼を覚した妻はしかし笑いもしなかった。騒ぎに赤坊が眼をさまし・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・「馬鹿にするない、見附で外濠へ乗替えようというのを、ぐっすり寐込んでいて、真直ぐに運ばれてよ、閻魔だ、と怒鳴られて驚いて飛出したんだ。お供もないもんだ。ここをどこだと思ってる。 電車が無いから、御意の通り、高い車賃を、恐入って乗ろう・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・――酒は、宵の、膳の三本めの銚子が、給仕は遁げたし、一人では詰らないから、寝しなに呷ろうと思って、それにも及ばず、ぐっすり寐込んだのが、そのまま袋戸棚の上に忍ばしてある事を思い出したし、……またそうも言った。――お澄が念のため時間を訊いた時・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・枕許へ熱燗を貰って、硝子盃酒の勢で、それでもぐっすり疲れて寝た。さあ何時頃だったろう。何しろ真夜半だ。厠へ行くのに、裏階子を下りると、これが、頑丈な事は、巨巌を斫開いたようです。下りると、片側に座敷が五つばかり並んで、向うの端だけ客が泊った・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・あくる日、雪になろうとてか、夜嵐の、じんと身に浸むのも、木曾川の瀬の凄いのも、ものの数ともせず、酒の血と、獣の皮とで、ほかほかして三階にぐっすり寝込んだ。 次第であるから、朝は朝飯から、ふっふっと吹いて啜るような豆腐の汁も気に入った。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
出典:青空文庫