・・・冠の底を二重にめぐる一疋の蛇は黄金の鱗を細かに身に刻んで、擡げたる頭には青玉の眼を嵌めてある。「わが冠の肉に喰い入るばかり焼けて、頭の上に衣擦る如き音を聞くとき、この黄金の蛇はわが髪を繞りて動き出す。頭は君の方へ、尾はわが胸のあたりに。・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・同じデカルトの流を汲んだ人でも、マールブランシュとスピノザとを比べて見れば、思半に過ぐるものがあるであろう。 元来芸術的と考えられるフランス人は感覚的なものによって思索するということができる。感覚的なものの内に深い思想を見るのである。フ・・・ 西田幾多郎 「フランス哲学についての感想」
・・・擽ぐるのは御免だ。降参、降参」「もう言いませんか」「もう言わない、言わない。仲直りにお茶を一杯。湯が沸いてるなら、濃くして頼むよ」「いやなことだ」と、お梅は次の間で茶を入れ、湯呑みを盆に載せて持って来て、「憎らしいけれども、はい・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・も、内を司どる婦人が暗愚無智なれば家は常に紊乱して家を成さず、幸に其主人が之を弥縫して大破裂に及ばざることあるも、主人早世などの大不幸に遭うときは、子女の不取締、財産の不始末、一朝にして大家の滅亡を告ぐるの例あるに反し、賢婦人が能く内を治め・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ひた土に筵しきて、つねに机すゑおくちひさき伏屋のうちに、竹生いでて長うのびたりけるをそのままにしおきて壁くぐる竹に肩する窓のうちみじろくたびにかれもえだ振る膝いるるばかりもあらぬ草屋を竹にとられて身をすぼめをり・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・六疋ばかりの鹿が、さっきの芝原を、ぐるぐるぐるぐる環になって廻っているのでした。嘉十はすすきの隙間から、息をこらしてのぞきました。 太陽が、ちょうど一本のはんのきの頂にかかっていましたので、その梢はあやしく青くひかり、まるで鹿の群を見お・・・ 宮沢賢治 「鹿踊りのはじまり」
・・・ そうすると、先達ってうちから身重になったところが、それを種にして嫁を出してやろうと謀んで、自分の娘とぐるになって、息子あてに、中傷の手紙を無名で出した。「お前の嫁は、作男ととんでもない事をしてその種を宿して居る。 お前のほ・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・二台の人力車がらくに行き違うだけの道を隔てて、向いの家で糸を縒るいとぐるまの音が、ぶうんぶうんと聞える。糸を縒っているのは、片目の老処女で、私の所で女中が宿に下がった日には、それが手伝に来てくれるのであった。 或る日役所から帰って、机の・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・ 一人は五十前後だろう、鬼髯が徒党を組んで左右へ立ち別かれ、眼の玉が金壺の内ぐるわに楯籠り、眉が八文字に陣を取り、唇が大土堤を厚く築いた体、それに身長が櫓の真似して、筋骨が暴馬から利足を取ッているあんばい、どうしても時世に恰好の人物、自・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・万民志を遂ぐるという理想的な境地に達するためには、どの階級も多少ずつは犠牲を払わなくてならぬ。しかし公平に言って、特権階級が特に多くの犠牲を払わなくては、万民志を遂ぐる境に達しがたいことも事実である。そうしてその犠牲を払うことが聖旨を奉戴し・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫