・・・すると泰さんは熱心にその一部始終を聞き終ってから、いつになく眉をひそめて、「形勢いよいよ非だね。僕はお敏さんが失敗したんじゃないかと思うんだが。」と独り言のように云うのです。新蔵はお敏の名前を聞くと、急にまた動悸が高まるような気がしましたか・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ そこで私生児志願者が続々と輩出しそうな今後の形勢に鑑みて、僕のようにとてもろくな私生児にはなれそうもないものは、まず観念の眼を閉じて、私の属するブルジョアの人々にもいいかげん観念の眼を閉じたらどうだと訴えようというのだ。絶望の宣言と堺・・・ 有島武郎 「片信」
・・・じつにかの日本のすべての女子が、明治新社会の形成をまったく男子の手に委ねた結果として、過去四十年の間一に男子の奴隷として規定、訓練され、しかもそれに満足――すくなくともそれに抗弁する理由を知らずにいるごとく、我々青年もまた同じ理由によって、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
新らしき声のもはや響かずなった時、人はその中から法則なるものを択び出ず。されば階級といい習慣といういっさいの社会的法則の形成せられたる時は、すなわちその社会にもはや新らしき声の死んだ時、人がいたずらに過去と現在とに心を残し・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・車麩の鼠に怯えた様子では、同行を否定されそうな形勢だった処から、「お町さん、念仏を唱えるばかり吃驚した、厠の戸の白い手も、先へ入っていた女が、人影に急いで扉を閉めただけの事で、何でもないのだ。」と、おくれ馳せながら、正体見たり枯尾花流に――・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 先年侯井上が薨去した時、当年の弾劾者たる学堂法相の著書『経世偉勲』が再刊されたのは皮肉であった。『経世偉勲』の発行されたのはあたかも侯井上の欧化政策時代であって、その頃学堂はジスレリーに私淑しているという評判だった。が、政治家としての・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・私が今日ここにお話しいたしましたデンマークとダルガスとにかんする事柄は大いに軽佻浮薄の経世家を警むべきであります。 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・ 故に、各派の芸術が主張する、主義、態度、即ち人生の批評に関しては容易に善悪を判ずることが出来ないばかりか、何人と雖も、少くも既に主義となって形成せられた現在の文芸の主義に対して、根本的に其の主義の善悪を言うことは間違っている。其の批評・・・ 小川未明 「若き姿の文芸」
・・・ この神田八段は大阪のピカ一棋師であるが、かつてしみじみ述懐して、――もし、自分が名人位挑戦者になれば、いや、挑戦者になりそうな形勢が見えれば、名人位を大阪にもって行かせるなと、全東京方棋師は協力し、全智を集注して自分に向って来るだろう・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・ しかし私の憎悪はそればかりではなく、太陽が風景へ与える効果――眼からの効果――の上にも形成されていた。 私が最後に都会にいた頃――それは冬至に間もない頃であったが――私は毎日自分の窓の風景から消えてゆく日影に限りない愛惜を持ってい・・・ 梶井基次郎 「冬の蠅」
出典:青空文庫