・・・――子供同士の喧嘩です、先生、どうぞ悪しからず。――さア、吉弥、支度、支度」「厭だが、行ってやろうか」と、吉弥はしぶしぶ立って、大きな姿見のある化粧部屋へ行った。 七「お座敷は先生だッたの、ねえ、――あんなことを・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・すると、もう男はまるで喧嘩腰になった。「あんたも迷信や思いはりまっか、そら、そうでっしゃろ。なんせ、あんたは学がおまっさかいな。しかし、僕かて石油がなんぜ肺にきくかちゅうことの科学的根拠ぐらいは知ってまっせ。と、いうのは外やおまへん。ろ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ちょうど県下に陸軍の大演習があって、耕吉の家の前の国道を兵隊やら馬やらぞろぞろ通り過ぎていた。そうしたある朝耕吉は老父の村から汽車に乗り、一時間ばかりで鉱山行きの軽便鉄道に乗替えた。 例の玩具めいた感じのする小さな汽罐車は、礦石や石炭を・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・自分のまだ一度も踏まなかった路――そこでは米を磨いでいる女も喧嘩をしている子供も彼を立ち停まらせた。が、見晴らしはどこへ行っても、大きな屋根の影絵があり、夕焼空に澄んだ梢があった。そのたび、遠い地平へ落ちてゆく太陽の隠された姿が切ない彼の心・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・ 然るに全校の人気、校長教員を始め何百の生徒の人気は、温順しい志村に傾いている、志村は色の白い柔和な、女にして見たいような少年、自分は美少年ではあったが、乱暴な傲慢な、喧嘩好きの少年、おまけに何時も級の一番を占めていて、試験の時は必らず・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 小学校を卒業するや、僕は県下の中学校に入ってしまい、しばらく故郷を離れたが正作は家政の都合でそういうわけにゆかず、周旋する人があって某銀行に出ることになり給料四円か五円かで某町まで二里の道程を朝夕往復することになった。 間もなく冬・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・犬喧嘩のようなものだ。人間は面白がって見物しているのに、犬は懸命の力を出して闘う。持主は自分の犬が勝つと喜び、負けると悲観する。でも、負けたって犬がやられるだけで、自分に怪我はない。利害関係のない者は、面白がって見物している。犬こそいい面の・・・ 黒島伝治 「戦争について」
・・・ 誰か高慢チキな意地悪と喧嘩でもしたの。」「イイヤ。」「そんなら……」「うるさいね。」「だって……」「うるさいッ。」「オヤ、けんどんですネ、人が一生懸命になって訊いてるのに。何でそんなに沈んでいるのです?」「別に・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ おげんはおさだに、「なあし、おさださん――喧嘩でも何でもないで。おさださんとはもうこの通り仲直りしたで」「ええええ、何でもありませんよ」 とおさだの方でも事もなげに笑って、盆の上の皿を食卓へと移した。「うん、田舎風の御・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・佐吉さんは、そんなに見掛けは頑丈でありませんが、それでも喧嘩が強いのでしょうか、みんな佐吉さんに心服しているようでした。私が二階で小説を書いて居ると、下のお店で朝からみんながわあわあ騒いでいて、佐吉さんは一際高い声で、「なにせ、二階の客・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
出典:青空文庫