・・・食後の倦怠は、人を、「どうとも勝手に」という、ふてぶてしい思いに落ちこませるものである。決闘ということが、何だか、食後の運動くらいの軽い動作のように思われて来た。やってみようかなあ。私は殺される筈がない。あの男の話によれば、先方の女は、今日・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・は、その内容の物語とおなじく悲劇的な結末を告げたけれど、彼の心のなかに巣くっている野性の鶴は、それでも、なまなまと翼をのばし、芸術の不可解を嘆じたり、生活の倦怠を託ったり、その荒涼の現実のなかで思うさま懊悩呻吟することを覚えたわけである。・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・スランプトハ、コノ様ナ、パッション消エタル白日ノ下ノ倦怠、真空管ノ中ノ重サ失ッタ羽毛、ナカナカ、ヤリキレヌモノデアル。時々刻々ノワガ姿、笑ッタ、怒ッタ、マノワルキカッカッ燃ユル頬、トウモロコシムシャムシャ、ヒトリ伏シテメソメソ泣イテイル、ス・・・ 太宰治 「創生記」
・・・腕をこまぬいて頭を垂れ、ぼんやり佇んでいようものなら、――一瞬間でも、懐疑と倦怠に身を任せようものなら、――たちまち玄翁で頭をぐゎんとやられて、周囲の殺気は一時に押し寄せ、笠井さんのからだは、みるみる蜂の巣になるだろう。笠井さんには、そう思・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ 満足とともに新しい不安が頭を擡げてきた。倦怠、疲労、絶望に近い感情が鉛のごとく重苦しく全身を圧した。思い出が皆片々で、電光のように早いかと思うと牛の喘歩のように遅い。間断なしに胸が騒ぐ。 重い、けだるい脚が一種の圧迫を受けて疼痛を・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 客間兼帯の書斎は六畳で、ガラスの嵌まった小さい西洋書箱が西の壁につけて置かれてあって、栗の木の机がそれと反対の側に据えられてある。床の間には春蘭の鉢が置かれて、幅物は偽物の文晃の山水だ。春の日が室の中までさし込むので、実に暖かい、気持・・・ 田山花袋 「少女病」
・・・これに比べると低地の草木にはどこかだらしのない倦怠の顔付が見えるようである。 帰りに、峰の茶屋で車を下りて眼の上の火山を見上げた。代赭色を帯びた円い山の背を、白いただ一筋の道が頂上へ向って延びている。その末はいつとなく模糊たる雲煙の中に・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・出て来る画面も出て来る画面もみんな一様に単に絵の具箱をぶちまけたような、なんのしめくくりもアクセントもないものでは到底進行の感じはなくただ倦怠と疲労のほか何物をも生ずることはできないであろう。 立体映画 二次元的平面・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そうしてその単純明白なモチーフが非常に多面的立体的に取り扱われているために、同じものの繰り返しが少しの倦怠を感ぜしめないのみならず、一歩一歩と高調する戯曲的内容を導いて最後の最頂点に達するまでに観客の注意の弛緩を許さないのであろう。 こ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・同じような場面の繰り返しが多すぎて倦怠を招く箇所が少なくない。 この映画のストーリーの原作では、たしか、最後に忠犬が猛獣を倒して自分もその場で命をおとすようなことになっているかと思う。それが映画ではハッピー・エンドになっている。たぶんこ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
出典:青空文庫