・・・ が、開き直って、今晩は、環海ビルジングにおいて、そんじょその辺の芸妓連中、音曲のおさらいこれあり、頼まれました義理かたがた、ちょいと顔を見に参らねばなりませぬ。思切って、ぺろ兀の爺さんが、肥った若い妓にしなだれたのか、浅葱の襟をしめつ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ ――既に、廓の芸妓三人が、あるまじき、その夜、その怪しき仮装をして内証で練った、というのが、尋常ごとではない。 十日を措かず、町内の娘が一人、白昼、素裸になって格子から抜けて出た。門から手招きする杢若の、あの、宝玉の錦が欲しいので・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・お米さんにまけない美人をと言って、若主人は、祇園の芸妓をひかして女房にしていたそうでありますが、それも亡くなりました。 知事――その三年前に亡くなった事は、私も新聞で知っていたのです――そのいくらか手当が残ったのだろうと思われます。当時・・・ 泉鏡花 「雪霊記事」
・・・ 言うまでもなく商売人だけれど、芸妓だか、遊女だか――それは今において分らない――何しろ、宗吉には三ツ四ツ、もっとかと思う年紀上の綺麗な姉さん、婀娜なお千さんだったのである。 前夜まで――唯今のような、じとじと降の雨だったのが、花の・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ で、見た処は芸妓の内証歩行という風だから、まして女優の、忍びの出、と言っても可い風采。 また実際、紫玉はこの日は忍びであった。演劇は昨日楽になって、座の中には、直ぐに次興行の隣国へ、早く先乗をしたのが多い。が、地方としては、これま・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・場所として最も近い東の廓のおもだった芸妓連が引札がわりに寄進につくのだそうで。勿論、かけ離れてはいるが、呼べば、どの妓も三味線に応ずると言う。その五年前、六月六日の夜――名古屋の客は――註しておくが、その晩以来、顔馴染にもなり、音信もするけ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・実はね、あるその宴会の席で、その席に居た芸妓が、木曾の鶫の話をしたんです――大分酒が乱れて来て、何とか節というのが、あっちこっちではじまると、木曾節というのがこの時顕われて、――きいても可懐しい土地だから、うろ覚えに覚えているが、何とかって・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・そのあたりからもみじ葉越しに、駒鳥の囀るような、芸妓らしい女の声がしたのであったが―― 入交って、歯を染めた、陰気な大年増が襖際へ来て、瓶掛に炭を継いで、茶道具を揃えて銀瓶を掛けた。そこが水屋のように出来ていて、それから大廊下へ出入口に・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ この界隈近国の芸妓などに、ただこの湯女歌ばかりで呼びものになっているのがありますくらい。怠けたような、淋しいような、そうかというと冴えた調子で、間を長く引張って唄いまするが、これを聞くと何となく睡眠剤を服まされるような心持で、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・そしてふと傍の新聞を見れば、最近京都の祇園町では芸妓一人の稼ぎ高が最高月に十万円を超えると、三段抜きの見出である。 国亡びて栄えたのは闇屋と婦人だが、闇屋にも老訓導のような哀れなのがあり、握り飯一つで春をひさぐ女もいるという。やはり栄え・・・ 織田作之助 「世相」
出典:青空文庫