・・・けれどもいちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられたときには、そのときだけは、流石に、しんからげっそりして、間の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それから頸に繃帯を巻いて、やたらに咳をしな・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・飲みすぎると、げっそり痩せてしまって寝込む。そのうえ、あちこちに若い女の友達などもある様子だ。 子供、……七歳の長女も、ことしの春に生れた次女も、少し風邪をひき易いけれども、まずまあ人並。しかし、四歳の長男は、痩せこけていて、まだ立てな・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・御自重下さい、と書かれていましたので、げっそり致しました。しず子もおとなしくお留守番をしています、とも書かれていました。どうしても、ここで一篇、小説を書かなければ、家へも面目なくて帰れない気持です。毎日こんな、だらしない事では、どう仕様もご・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・いつか私が、貯金帳をいれてある書棚の引き出しの鍵を、かけるのを忘れていたら、あなたは、それを見つけて、困るね、と、しんから不機嫌に、私におこごとを言うので、私は、げっそり致しました。画廊へ、お金を受取りにおいでになれば、三日目くらいにお帰り・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・室内の鈍い光線も八つ手の葉に遮ぎられて、高須の顔は、三日月の光を受けたくらいに、幽かに輪廓が分明して、眼の下や、両頬に、真黒い陰影がわだかまり、げっそり痩せて、おそろしく老けて見えて、数枝も、話ながら、時おり、ちらと高須の顔を横目で見ては、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・マツ子から五枚の原稿用紙を受けとり、一枚に平均、三十箇くらいずつの誤字や仮名ちがいを、腹を立てずに、ていねいに直して行きながら、私は、たった五枚か、とげっそりしていた。むかし、江戸番町にお皿の数をかぞえるお菊という幽霊があった。なんどかぞえ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・けれどもいちど、同じ課に勤務している若い官吏に夢中になり、そうして、やはり捨てられた時には、その時だけは、流石に、しんからげっそりして、間の悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間も寝て、それから頸に繃帯を巻いて、やたらに咳をしながら・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・病みあがりのような、げっそりした疲労だけがのこっていた。彼女と別れてすたすた戻ってきてから二三日は唖のようにだまって、家の軒下で竹びしゃくを作っていた。 ある夕方、深水がきて、高島が福岡へ発つから、今夜送別会をやるといいにきて、「と・・・ 徳永直 「白い道」
・・・其秋からげっそりと寂しいマチが彼の心に反覆された。威勢のいい赤は依然として太十にじゃれついて居た。太十は数年来西瓜を作ることを継続し来った。彼はマチの小遣を稼ぎ出す工夫であった。それでもそれは単に彼一人の丹精ではなくて壻の文造が能くぶつぶつ・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・ペンネン技師の頬はげっそり落ち、工作隊の人たちも青ざめて目ばかり光らせながら、それでもみんな笑ってブドリに挨拶しました。 老技師が言いました。「では引き上げよう。みんなしたくして車に乗りたまえ。」みんなは大急ぎで二十台の自動車に乗り・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
出典:青空文庫