・・・「いやよ。」言下に拒否した。顔を少し赤くして、くつくつ笑っている。「お留守のあいだは、いやよ。」「なんだ、」小坂氏はちょっとまごついて、「何を言うのです。他人に貸すわけじゃあるまいし。」「お父さん、」と上の姉さんも笑いながら、「・・・ 太宰治 「佳日」
・・・「安いもんじゃないですか。」言下に反撥して来る。闘志満々である。「カフェへ行って酒を呑むことを考えなさい。」失敬なことまで口走る。「カフェなんかへは行かないよ。行きたくても、行けないんだ。四円なんて、僕には、おそろしく痛かったんです・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・できるとも、と言下に答えて腕まくり、一歩まえに進み出た壮士ふうの男は、この世の大馬鹿野郎である。君みたいな馬鹿がいるから、いよいよ世の中が住みにくくなるのだ。 おゆるし下さい。言葉が過ぎた。私は、人生の検事でもなければ、判事でもない。人・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 私は、ほとんど言下に答えた。「それはやはり、大学で基礎勉強してからのほうがよい。」「そうだろうか。」 兄は浮かぬ顔をしていた。兄は私を通訳のかわりとしても、連れて行きたかったらしいのだが、私が断ったので、また考え直した様子・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・と云って若い技師の進言を言下に退ける局長もまた珍しくはないであろう。これらの大家や局長がアイネアスの兵法を読んでいなかったおかげで電信印字機や写真放送機が完成したかもしれないのである。 三 御馳走を喰うと風邪を引く話・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・何とかいう芝居で鋳掛屋の松という男が、両国橋の上から河上を流れる絃歌の声を聞いて翻然大悟しその場から盗賊に転業したという話があるくらいだから、昔から似よった考えはあったに相違ない。しかしまた昔はずいぶん人の栄華を見て奮発心を起して勉強した人・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・新地の絃歌聞えぬが嬉しくて丸山台まで行けば小蒸汽一艘後より追越して行きぬ。 昔の大名それの君、すれちがいし船の早さに驚いてあれは何船と問い給えば御附きの人々かしこまりて、あれはちがい船なればかく早くこそと御答え申せば、さらばそのちがい船・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・ 実際また彼女の若い時分、身分のいい、士たちが、禄を金にかえてもらった時分には、黄金の洪水がこの廓にも流れこんで、その近くにある山のうえに、すばらしい劇場が立ったり、麓にお茶屋ができたりして、絃歌の声が絶えなかった。道太は少年のころ、町・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・疇昔余ノ風流絃歌ノ巷ニ出入セシ時ノコトヲ回顧スルニ、当時都下ノ絃妓ニハ江戸伝来ノ気風ヲ喜ブモノ猶跡ヲ絶タズ。一旦嬌名ヲ都門ニ馳セシムルヤ気ヲ負フテ自ラ快トナシ縦令悲運ノ境ニ沈淪スルコトアルモ自ラ慚ヂテ待合ノ女中牛肉屋ノ姐サントナリ俗客ノ纏頭・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・こういう比較に示されれば私たちの判断は迷わない。言下にそれは後者だと云えると思う。そして、そのような信頼の源泉は、その人が常に自身の動きに対して責任を負っていて、その責任の態度がこの人生に向ってまともなものであるということから来ている点も理・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
出典:青空文庫