・・・これが文学の基調をなすとき、視野の狭さと、一面性と、必要以上のこじつけのため、著しくその芸術的価値を減殺する。「肉弾」は小説ではない。記録的なものである。日露戦争に弾丸の下に曝された一人の将校によって書かれた。そこには、旅順攻囲戦の戦慄・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・というものは甚だ減殺されて来たようです。と云って風雅がって汽車の線路の傍をポクポク歩くなんぞという事は、ヒネクレ過ぎて狂気じみて居ますから、とても出来る事では有りません。して見ると、いくら野趣が減殺されようが何様しようが、今日は今日で、何も・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・落ちつき、祖父と一緒に暮すようになってからも、なんだか他人のような気がして、きたならしく、それに祖父の言葉には、とても強い東北訛が在りましたので何をおっしゃっているのか、よくわからず、いよいよ親しみが減殺されてしまうのでした。私が祖父に、ち・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・アメリカふうのスター映画でさえも、画面に時々しか顔を出さないエキストラのタイプの選択いかんによって画面の効果は高調されあるいは減殺される。 背景となるべき一つの森や沼の選択に時には多くの日子と旅費を要するであろうし、一足の古靴の選定には・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・もしそうだとすれば、科学の力をかりて災難の防止を企て、このせっかくの教育の効果をいくぶんでも減殺しようとするのは考えものであるかもしれないが、幸か不幸か今のところまずその心配はなさそうである。いくら科学者が防止法を発見しても、政府はそのまま・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・色彩は余分の刺激によって象徴としての暗示の能力を助長するよりはむしろ減殺する場合が多いであろう。 それはとにかく材料の選択と取り合わせだけではまだ発句はできない。これをいかに十七字の容器に盛り合わせるかが次の問題である。この点において・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・それで吾人がこの種に属する作品を読む時に明白に心理学の知識と背反するような描写に出会った時には、吾人の見たその作物の価値は著しく減殺されるのである。そような場合の著しい実例は往々新聞の三面記事などに見出される。例えばある人の自殺の動機などに・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・そのためになおさら自分のラジオに対する興味は減殺されたようであった。ところが、ある夏の日に友人と二人で郊外の某旗亭へ行ってそこで半日寝ころがって蜩の声を聞きながら俳諧三昧をやった。日が暮れて帰ろうとしていたら階下で音楽が始まった。ラジオの放・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・ある作品が、題材的には極めて具体的であるが、主題は必ずしも客観的な現実をとらえ深められているのではない場合、作品の歴史的真実性は減殺されざるを得ない。特に、この種の作品は、作品の出現の本質に、その点の統一をきびしく求める因子をふくんだものな・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・アンネットは婚約の青年をもっていたのであるが、彼女は従来の仕来りどおりの結婚生活の中で二つの人間的な要素、個性的な特色が互に減殺しあうこと、愛情が見せかけの仕草や慣習の一つに堕すことなどを嫌って、通常の結婚生活に入ることを拒む。けれども、ア・・・ 宮本百合子 「未開の花」
出典:青空文庫