・・・ったが、とにかく一家はそのつもりになって、穴を掘って食料を埋めたり、また鍋釜茶碗の類を一揃、それから傘や履物や化粧品や鏡や、針や糸や、とにかく家が丸焼けになっても浅間しい真似をせずともすむように、最少限度の必需品を土の中に埋めて置く事にした・・・ 太宰治 「薄明」
・・・忍ぶことにも限度が在る。とても、この上、忍べなかった。笠井さんは、だめな男である。「やあ、八が岳だ。やつがたけだ。」 うしろの一団から、れいの大きい声が起って、「すげえなあ。」「荘厳ね。」と、その一団の青年、少女、口々に、駒・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・現世には、現世の限度というものが在るらしい。メリメ、ゴオゴリほどの男でも、その生存中には、それを敢えてしなかったし、後世の人こそ、あの小説の悪魔は、ゴオゴリ自身であるとか、メリメその人の残忍性であるとか評して、それはもう古典になれば、どちら・・・ 太宰治 「春の盗賊」
学問の研究は絶対自由でありたい。これはあらゆる学者の「希望」である。しかし、一体そういう自由がこの世に有り得るものか、どの程度までそれが可能であるか、またその可能限度まで自由を許すことが、当該学者以外の多数の人間にとって果・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・ これらの根気くらべのような競技は、およそ無意味なようでもあるが、しかし人間の気力体力の可能限度に関する考査上のデータにはなりうるであろう。場合によってはある一人のこういう耐久力のいかんによって一軍あるいは一国の運命が決するようなことが・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・ 三 身長と寿命 地震研究所のI博士が近ごろ地震に対しての人体感覚の限度に関する研究の結果を発表した。特別な設計をした振動台の上に固定された椅子に被試験者を腰掛けさせ、そうしてその台にある一定週期の振動を与えながらそ・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・そうして多くの草の全体重と花だけの総体重との比率にはおおよそ最高最低限度がありそうな気がしてこれも何かわれわれのまだ知らない科学的な方則で規定されているのではないかという気がするのである。 七月十九日には上田の町を見物に行った。折からこ・・・ 寺田寅彦 「高原」
・・・ことに今年は実際に小春の好晴がつづき、その上にこの界隈の銀杏の黄葉が丁度その最大限度の輝きをもって輝く時期に際会したために、その銀杏の黄金色に対比された青空の色が一層美しく見えたのかもしれない。 そういうある日の快晴無風の午後の青空の影・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ 日本の家屋が木造を主として発達した第一の理由はもちろん至るところに繁茂した良材の得やすいためであろう、そうして頻繁な地震や台風の襲来に耐えるために平家造りか、せいぜい二階建てが限度となったものであろう。五重の塔のごときは特例であるが、・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・波長がこの範囲にあってもその運ぶエネルギーが一定の限度以上でなければ感じる事ができない。なおやっかいな事にはいわゆる光学的錯覚というものがある。周囲の状況で直線が曲がって見えたり、色が違って見えたりする。もう一つ立ち入って考えれば甲の感じる・・・ 寺田寅彦 「物理学と感覚」
出典:青空文庫