・・・―― が、これから話す、わが下町娘のお桂ちゃん――いまは嫁して、河崎夫人であるのに、この行為、この状があったと言うのでは決してない。 問題に触れるのは、お桂ちゃんの母親で、もう一昨年頃故人の数に入ったが、照降町の背負商いから、やがて・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・さすが高位の御身とて、威厳あたりを払うにぞ、満堂斉しく声を呑み、高き咳をも漏らさずして、寂然たりしその瞬間、先刻よりちとの身動きだもせで、死灰のごとく、見えたる高峰、軽く見を起こして椅子を離れ、「看護婦、メスを」「ええ」と看護婦の一・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ おとよさんの行為は女子に最も卑しむべき多情の汚行といわれても立派な弁解は無論できない。しかしよくその心事に立ち入って見れば、憐むべき同情すべきもの多きを見るのである。 おとよさんが隣に嫁入ったについては例の媒妁の虚偽に誤られた。お・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・省作は腹の中で、しみじみ兄の好意を謝した。省作は今が今まで、これほど解ってる人で、きっぱりとした決断力のある人とは思わなかった。省作はもう嬉しくて堪らない。だれが何と言ってもと心のうちで覚悟を定めていた所へ、兄からわが思いのとおりの事を言わ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・政治家や実業家には得てこういう人を外らさない共通の如才なさがあるものだが、世事に馴れない青年や先輩の恩顧に渇する不遇者は感激して忽ち腹心の門下や昵近の知友となったツモリに独りで定めてしまって同情や好意や推輓や斡旋を求めに行くと案外素気なく待・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・朝日新聞記者として永眠して死後なお朝日新聞社の好意に浴しているが、「新聞記者はイヤだ、」といった事は決して一度や二度でなかった。ただ独り職業ばかりではない。その家庭に対してすら不満が少くなかった。更にまた一歩を進めていうと、二葉亭は生活の総・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・ 私はこの社会に於て弱者に対して、若しくは貧窮者に対して、これを救うという場合に、単にそれを気の毒だから助けてやるとか、若しくは慈善は善なる行為であるから救うとかいうのでは、反ってその人間を堕落させるのみで、決して社会の為めになるもので・・・ 小川未明 「愛に就ての問題」
・・・そして、さまざまな売名行為に狂奔した。れいによって「真相をあばく」に詳しい。 ――手をかえ、品をかえ、丹造が広告材料に使った各種の売名行為のなかで、これだけはいくらか世のためになったといえるのがあるとすれば、貧病者への無料施薬がそれ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 私の作品に好意的に触れておられる文章故、いささか気がさしながら引用したのであるが、要するに、これをもって見れば、すくなくとも、大阪的な作品は東京文壇の理解するところとならぬのではあるまいか。 どうせ、文学に対する考え方なぞ、人生に・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・そんな人間の存在を助けているということは、社会生活という上から見て、正しく不道徳な行為であらねばならぬ」斯ういうのが彼等の一致した意見なのであった。「一体貧乏ということは、決して不道徳なものではない。好い意味の貧乏というものは、却て他人・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫