・・・その規約によると、誠心誠意主人のために働いた者には、解雇又は退隠の際、或は不時の不幸、特に必要な場合に限り元利金を返還するが、若し不正、不穏の行為其他により解雇する時には、返還せずというような箇条があった。たいてい、どこにでも主人が勝手にそ・・・ 黒島伝治 「砂糖泥棒」
・・・ ペーターは、日本軍に好意を持っていなかった。のみならず、憎悪と反感とを抱いていた。彼は、日本人のために理由なしに家宅捜索をせられたことがあった。また、金は払うと云いつつ、当然のように、仔をはらんでいる豚を徴発して行かれたことがあった。・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・そこには、旅順攻囲戦の戦慄すべき困難と愛国的感情の熱烈な無数の将校の犠牲の山が書かれている。所どころ、実戦に参加した者でなければ書けないなま/\しい戦場の描写がある。後の銃後と相俟って、旅順攻囲の終始が記録的に、しかも、自分一個の経験だけで・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・話役をしろという任命を受けて左様いう事を仕て居るというのでも無いのですが、長らく先生の教を受けて居る中に自然と左様いう地位に立たなければならぬように、自然と出来上がった世話役なので、塾は即ち先生と右の好意的世話役の上足弟子とで維持されて居る・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・午後、我がせし狼藉の行為のため、憚る筋の人に捕えられてさまざまに説諭を加えられたり。されどもいささか思い定むるよし心中にあれば頑として屈せず、他の好意をば無になして辞して帰るやいなや、直ちに三里ほど隔たれる湯の川温泉というに到り、しこうして・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・その考えが少しでも好意を感じている恵子に来たとき、「ちょっと」平気でおれなかった。この平気でおれない「関心」が、龍介の恵子に対する気持を知らない間に強めていった。しかし一方、彼は自分が身体も弱く金もないということの意識でそういう気持を抑えて・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・そういう私はいまだに都会の借家ずまいで、四畳半の書斎でも事は足りると思いながら、自分の子のために永住の家を建てようとすることは、われながら矛盾した行為だと考えたこともある。けれども、これから新規に百姓生活にはいって行こうとする子には、寝る場・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・自分の過去現在の行為を振りかえって見ると、一歩もその外に出てはいない。それでもって、決して普通道徳が最好最上のものだとは信じ得ない。ある部分は道理だとも思うが、ある部分は明らかに他人の死殻の中へ活きた人の血を盛ろうとする不法の所為だと思う。・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ 茲に今林氏の好意に酬い、且その後の研究を述べて、儒家諸賢の批判を請はんと欲す。而して林氏の説に序を逐うて答ふるも、一法なるべけれど、堯舜禹の事蹟に關する大體論を敍し、支那古傳説を批判せば、林氏に答ふるに於いて敢へて敬意を失することなか・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・これとても、ゲエテの素朴な詩精神に敬服しているのではなく、ゲエテの高位高官に傾倒しているらしい、ふしが、無いでもない。あやしいものである。けれども、兄妹みんなで、即興の詩など、競作する場合には、いつでも一ばんである。できている。俗物だけに、・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫