・・・は美術展覧会の裸体画を撤回させ「モリエールの作品が孝行の本義に背くと云って、その全訳を発禁に処した。そして更に時の首相陶庵公が序文を附したゾラの一訳書が、西園寺内閣の内務大臣によって発禁されたこともあった」 当時「文芸委員会」の委員であ・・・ 宮本百合子 「矛盾の一形態としての諸文化組織」
・・・ 第二日 鶏は女房孝行な内にもどっかつんとしたところがあるけれど、鴨はどこまでもいくじなしで鼻ったらしに見える。 鶏はいつも牝鳥をかばってやって、人がいたずらをするとみの毛をさかだてておっかけるが鴨は置いてきぼり・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・ 冬が来て、ヴォルガ河が凍り、汽船の航行がとまると、ゴーリキイは、又製図工のところへ戻って働いた。働きは依然としてひどいものではあったが、彼には本を読むという無限の慰めが出来た。プーシュキン、ディケンズ、スコットなどの小説をゴーリキイは・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
・・・の怒号と高まって来るまで、作者は身についている揚子江航行の知識を十分に発揮して手堅く描いている。作品の構成がもっと立体的であって、いくつかの重大な出来事――アプトンの死。ホフマンの死。萬縣での流血の闘争など、もっと色彩づよく描写され、同時に・・・ 宮本百合子 「「揚子江」」
・・・心の中には、哀れな孝行娘の影も残らず、人に教唆せられた、おろかな子供の影も残らず、ただ氷のように冷ややかに、刃のように鋭い、いちの最後のことばの最後の一句が反響しているのである。元文ごろの徳川家の役人は、もとより「マルチリウム」という洋語も・・・ 森鴎外 「最後の一句」
これは小さい子供を持った寡婦がその子供を寐入らせたり、また老いて疲れた親を持った孝行者がその親を寝入らせたりするのにちょうどよい話である。途中でやめずにゆっくり話さなくてはいけない。初めは本当の事のように活溌な調子で話すが・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・大きな建物全体の中でその一室だけ煌煌と明るかった。爽やかな白いテーブルクロスの間を白い夏服の将官たちが入口から流れ込んで来た。梶は、敗戦の将たちの灯火を受けた胸の流れが、漣のような忙しい白さで着席していく姿と、自分の横の芝生にいま寝そべって・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 吾人はこの例を一高校風に適用し得べしと思う。吾人の四綱領は武士道の真髄でありソシアリティの変態であろう。しかれどもこの美名の下に隠れたる「美ならざる」者ははたして存在せざるか。向陵の歴史は栄あるものであろう。しかれどもこの影に潜める悪・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫