・・・ただ淡水と潮水とが交錯する平原の大河の水は、冷やかな青に、濁った黄の暖かみを交えて、どことなく人間化された親しさと、人間らしい意味において、ライフライクな、なつかしさがあるように思われる。ことに大川は、赭ちゃけた粘土の多い関東平野を行きつく・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・少し高い所からは何処までも見渡される広い平坦な耕作地の上で二人は巣に帰り損ねた二匹の蟻のようにきりきりと働いた。果敢ない労力に句点をうって、鍬の先きが日の加減でぎらっぎらっと光った。津波のような音をたてて風のこもる霜枯れの防風林には烏もいな・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・加うるに人物がそれぞれの歴史や因縁で結ばれてるので、興味に駆られてウカウカ読んでる時はほぼ輪廓を掴んでるように思うが、細かに脈絡を尋ねる時は筋道が交錯していて彼我の関係を容易に弁識し難い個処がある。総じて複雑した脚色は当の作者自身といえども・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・最も理想的なことは、この三つの方法が相交錯して纒った効果をあげることである。 こゝに数えなかった方法に、経験がある。これは最も重大であって、実際の人生から得るその力は、文章の上に甚大な影響を与えるのである。然し実際の人生から得る経験は、・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・それでも時には、前の坊主山の頂きが白く曇りだして、羽毛のような雪片が互いに交錯するのを恐れるかのように条をなして、昼過ぎごろの空を斜めに吹下ろされた。……「これだけの子供もあるというのに、あなたは男だから何でもないでしょうけれど、私には・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・三反か四反歩の、島特有の段々畠を耕作している農民もたくさんある。養鶏をしている者、養豚をしている者、鰯網をやっている者もある。複雑多岐でその生活を見ているだけでもなか/\面白い。このなかに身をひそめているのはひそめかたがあると思われるのであ・・・ 黒島伝治 「田舎から東京を見る」
・・・そしてその電気事業のために、蕃人の家屋や耕作地を没収しようとしたのだ。蕃人の生活は極端に脅かされた。そこで、 蕃人たちは昨年十月立ち上った。すると、日本帝国主義は軍隊をさしむけ、飛行機、山砲、照明砲、爆弾等の精鋭な武器で蕃人たちを殺戮しよう・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・鋳金の工作過程を実地にご覧に入れ、そして最後には出来上ったものを美術として美術学校から献上するという。そううまく行くべきものだか、どうだか。むかしも今も席画というがある、席画に美術を求めることの無理で愚なのは今は誰しも認めている。席上鋳金に・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・太郎もすでに四年の耕作の見習いを終わり、雇い入れた一人の婆やを相手にまだ工事中の新しい家のほうに移ったと知らせて来た。彼もどうやら若い農夫として立って行けそうに見えて来た。 いったい、私が太郎を田舎に送ったのは、もっとあの子を強くしたい・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・ その時になって見ると、太郎はすでに郷里のほうの新しい農家に落ちついて、その年の耕作のしたくを始めかけていたし、次郎はゆっくり構えながら、持って生まれた画家の気質を延ばそうとしていた。三郎はまた三郎で、出足の早い友だち仲間と一緒に、新派・・・ 島崎藤村 「分配」
出典:青空文庫