・・・何、志はそれで済むからこの石の上へ置いたなり帰ろうと、降参に及ぶとね、犬猫が踏んでも、きれいなお精霊が身震いをするだろう。――とにかく、お寺まで、と云って、お京さん、今度は片褄をきりりと端折った。 こっちもその要心から、わざと夜になって・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・とは何の事だと質問した時は、有繋の緑雨も閉口して兜を抜いで降参した。その頃の若い学士たちの馬鹿々々しい質問や楽屋落や内緒咄の剔抉きが後の『おぼえ帳』や『控え帳』の材料となったのだ。 何でもその時分だった。『帝国文学』を課題とした川柳をイ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・河内の高屋に叛いているものがあるので、それに対して摂州衆、大和衆、それから前に与一に徒党したが降参したので免してやった赤沢宗益の弟福王寺喜島源左衛門和田源四郎を差向けてある。また丹波の謀叛対治のために赤沢宗益を指向けてある。それらの者はこの・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・日本はポツダム宣言を受諾し、降参をしたのだ。しかし、それは政治上の事だ。われわれ軍人は、あく迄も抗戦をつづけ、最後には皆ひとり残らず自決して、以て大君におわびを申し上げる。自分はもとよりそのつもりでいるのだから、皆もその覚悟をして居れ。いい・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・しかしコリントゲームの方には公算的統計的の要素が入り込む。前者では因果の連鎖が一筋の糸でつづいているが、後者では因果の中間に蓋然の霧がかかっている。それで、前者では練習さえ積めばかなりの程度までは思いのままにあらゆる有様を再現することが出来・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・その次は火事のほうがとうとう降参して「ごめんください、クジマさん」とあやまる。クジマが「今後はペチカとランプと蝋燭以外に飛び出してはいけないぞ」と命令する場面で、ページの下半にはランプと蝋燭のクローズアップ。次のページにはリエナが戸外のベン・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ところが、抵抗力の強い人は罹病の確率が少ないから統計上自然に跡廻しになりやすい、そうしてそういう人は罹っても少々のことではなかなか最初から降参してしまわない。そうして不必要で危険な我慢をし無理をする、すれば大抵の病気は悪くなる。そうしていよ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・偶然とするとかなり公算の少ない場合の一致である。ロシアの serditi もやはりいくらか似ているのである。苛立つが irritate(L.irritare) に似ていることは明白である。「あらぶる神」の「アラブル」がLに rabere・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・とか「公算」とかいう言葉が科学者の脳裡に浮ぶべし。ここに吾人は科学と形而上学との間の際どき境界線に逢着すべし。熱力学にエントロピーの観念の導入され、またエントロピーと公算との結合を見るに至りし消息もまたここに至って自ずから首肯さるべし。・・・ 寺田寅彦 「自然現象の予報」
・・・ボルツマンがこのような混乱系の内部の排置の公算をエントロピーと結びつけたのは非常な卓見で物理学史上の大偉業であった。プランクはさらにこれを無限な光束の集団に拡張して有名な輻射の方則を得たのは第二の進歩であった。すなわち系の複雑さが完全に複雑・・・ 寺田寅彦 「時の観念とエントロピーならびにプロバビリティ」
出典:青空文庫