・・・敵味方相対して未だ兵を交えず、早く自から勝算なきを悟りて謹慎するがごとき、表面には官軍に向て云々の口実ありといえども、その内実は徳川政府がその幕下たる二、三の強藩に敵するの勇気なく、勝敗をも試みずして降参したるものなれば、三河武士の精神に背・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・とうとう為山君や不折君に降参した。その後は西洋画を排斥する人に逢うと癇癪に障るので大に議論を始める。終には昔為山君から教えられた通り、日本画の横顔と西洋画の横顔とを画いて「これ見給え、日本画の横顔にはこんな目が画いてある、実際 君、こんな目・・・ 正岡子規 「画」
・・・こんな主人に巻き添いなんぞ食いたくないから、みんなタオルやはんけちや、よごれたような白いようなものを、ぐるぐる腕に巻きつける。降参をするしるしなのだ。 オツベルはいよいよやっきとなって、そこらあたりをかけまわる。オツベルの犬も気が立って・・・ 宮沢賢治 「オツベルと象」
・・・一ヵ月もたつとさすがの伯龍が降参して、もう天へかえって呉れとたのんだが、天女の妻は「天に偽りなきものを」と約束の三ヵ月だけ伯龍のもとにとどまった。伯龍はひどい神経衰弱になった。そして天女がかえってから、伯龍は暫く女房をめとろうとしなかった、・・・ 宮本百合子 「『静かなる愛』と『諸国の天女』」
・・・女神の衣の襞がアテネの岸を洗う波とどうなったのか、至極混雑して、やがては従兄の援軍で、どうにか三分の二までやり、遂そのまま降参したことがあります。 父も父だと云ってしまえばそれきりのようですけれども、私にとっては楽しい記憶の一つとしての・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・観えはするが科白がわからない。降参して、しまいには段々近くまで進出した。 ――電話かけて切符を届けさせることは、出来ないのか? それはしない。こんなことがあった。劇場は市じゅうとびとびだからね、いちいちそこをまわって買うのは骨なんだ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・ 三分の一位のところで降参してしまった上に胸まで悪くして、すっかりグランパの信用を失ってしまいました。 私の健脚は平地に限るものと見えます。 一九二五年四月〔牛込区馬場下町東光館 富澤有為男宛 小石川区高田老松町五九より〕・・・ 宮本百合子 「日記・書簡」
・・・ 然しそれなら、恒産も無く、老後を扶養して呉れる縁者もない彼女は、今後某々未亡人として、立つべきどんな生活方針を見出してよいかと云う、実際問題になると、考えは荒漠とした処へ迷い込んで仕舞うらしく見えました。亡夫を愛する彼女は、嘗て一度目・・・ 宮本百合子 「ひしがれた女性と語る」
・・・「ベビー服で降参するだろうって云った人だあれ。せいぜい紹介してよ」 ピンを肌に刺さないように、そしてまた折角さしたピンを落してしまわないようにと、むき出しの両腕を揃えて頭の上へ高くあげ、それなり半身を前へかがめている尚子の頭の方から・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・が、いざ実際、組織強固な帝国主義侵略軍の間にもまれて見ると、彼がどんなに内心びっくりし、臆病になり、完全にファッシズムに降参してしまっているかが文章の間からうかがわれる。 賑やかで、何だか素晴しいようで、叫びや旗に満ちているのは満鉄付属・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫