・・・ されば法官がその望で、就中希った判事に志を得て、新たに、はじめて、その方は……と神聖にして犯すべからざる天下控訴院の椅子にかかろうとする二三日。 足の運びにつれて目に映じて心に往来するものは、土橋でなく、流でなく、遠方の森でなく、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・天智天皇と藤原鎌足のような君臣の一生的の結びは彼の漢の高祖や源頼朝などの君臣の例と比べて如何に美しく、乃木夫妻のようなのは夫婦の結びの亀鑑である。リープクネヒトとローザ・ルクセンブルグとのようなのは師弟と盟友の美しき例であろう。しかしながら・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・おのろけというわけのものではないから、読者も警戒御無用にしていただきたい。 宴会が終って私は料亭から出た。粉雪が降っている。ひどく寒い。「待ってよ。」 芸者は酔っている。お高祖頭巾をかぶっている。私は立ちどまって待った。 そ・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・、第四が漢の高祖の作だという「武徳楽」であった。 始めての私にはこれらの曲や旋律の和声がみんなほとんど同じもののように聞えた。物に滲み入るような簫の音、空へ舞い上がるような篳篥の音、訴えるような横笛の音が、互いに入り乱れ追い駆け合いなが・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・漢の旧筆法に従えば、氏のごときは到底終を全うすべき人にあらず。漢の高祖が丁公を戮し、清の康煕帝が明末の遺臣を擯斥し、日本にては織田信長が武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売らんとしたる小山田義国の輩を誅し、豊臣秀吉が織田信孝の賊臣桑田・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・パンと塩と水とをたべている修道院の聖者たちにはパンの中の糊精や蛋白質酵素単糖類脂肪などみな微妙な味覚となって感ぜられるのであります。もしパンがライ麦のならばライ麦のいい所を感じて喜びます。これらは感官が静寂になっているからです。水を呑んでも・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・竹内被告をのぞく十一名の全被告が意見開陳にあたって、強力に、公訴取消しを要求した。その理由は、この事件の取調べは、検事側の威嚇と独断と術策によってすすめられたもので、人権は蹂躙された。したがって被告としては各自にとって事実無根の公訴をみとめ・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・初めて私がランプを見たのは、六つの時、雪の降る夜、紫色の縮緬のお高祖頭巾を冠った母につれられて、東京から伊賀の山中の柘植という田舎町へ帰ったときであった。そこは伯母の家で、竹筒を立てた先端に、ニッケル製の油壺を置いたランプが数台部屋の隅に並・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫