・・・このあるもの、霊の酵母がないと防腐剤がない肉のように、恋は臭いを発するようになる。情緒の過剰は品位を低くする。嬌態がすぎると春婦型に堕ちる。ワイニンゲルがいうように、女性はどうしても母型か春婦型かにわかれる。そして前にいったように、恋愛は娘・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
どうも、みんな、佳い言葉を使い過ぎます。美辞を姦するおもむきがあります。鴎外がうまい事を言っています。「酒を傾けて酵母を啜るに至るべからず。」 故に曰く、私には好きな言葉は無い。・・・ 太宰治 「わが愛好する言葉」
・・・諸君が一寸葡萄をたべるその一房にいくらの細菌や酵母がついているか、もっと早いとこ諸君が町の空気を吸う一回に多いときなら一万ぐらいの細菌が殺される。そんな工合で毎日生きていながら私はビジテリアンですから牛肉はたべません、なんて、牛肉はいくら喰・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・確かに重大な、人間の霊肉を根本から震盪するものではあっても、人間の裡にある生活力は多くの場合その恋愛のために燃えつきるようなことはなく、却って酵母としてそれを暖め反芻し、個人の生活全般を豊富にする養液にしてしまいます。 また恋愛は、独特・・・ 宮本百合子 「愛は神秘な修道場」
・・・そののこったものが酵母となって、わたしたちの心情に働きかけ、そこで、経験のなかから、文学のテーマが浮き出て来る。経験を経験なりに辿るとしたら、それは題材のままで語っているということではなかろうか。芸術の制作という意味は、こういうところに在る・・・ 宮本百合子 「作品と生活のこと」
・・・ないことについて苦悩しなければならないかという、その制約の根源をあばく気魄がないのであろうか。酵母についての科学的知識を示すならば、どうして、インテリゲンチアの生活解剖に、社会科学を活動せしめるに堪えなかったのであろうか。 久内が、父の・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・奴等の小屋が幸地続きだったから、幾分都合はよかったものの、蒔いた呪咀の種と、狂暴の酵母の多さ! 俺もよく破産しなかったものだ。ヴィンダー 滅多なことには驚かない俺も、あの時許りは目を瞠った。人間共に未来を見せず、奴等の悦ぶ思弁にこじつけ・・・ 宮本百合子 「対話」
・・・ 殆どあらゆる種類の伝説と童話とが酵母となって、彼女の生活のどこの隅々にまでも、渾然と漲りわたっていた果もない夢幻的空想は、今ようようその気まぐれな精力と、奇怪な光彩とを失い、小さい宝杖を持ち宝冠を戴いた王様や女王様、箒に乗って・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・ 兎に角、相互の間に、一脈の疎通が出来た今になっても、此一事は、自分に深大な考の酵母となって居る。つまり、芸術家と普通人との間には、如何に、物象の観方に純粋さの差異があるか、又、その差異が、一種常套的な道徳感のようなものと結合して、一般・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
出典:青空文庫