・・・似而非文人は曰く、黄金百万緡は門前のくろの糞のごとしと。曙覧は曰くたのしみは銭なくなりてわびをるに人の来りて銭くれし時たのしみは物をかかせて善き価惜みげもなく人のくれし時 曙覧は欺かざるなり。彼は銭を糞の如しとは言わず、・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・四月七日 火、朝父から金を貰って教科書を買った。 そして今日から授業だ。測量はたしかに面白い。地図を見るのも面白い。ぜんたいここらの田や畑でほんとうの反別になっている処がないと武田先生が云った。それだから仕事の予定も肥料・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 銀の霧 月の黄金 その中に再び我名を呼ばれるまで私は想いの国の女王である。 宮本百合子 「秋霧」
・・・戦時中、大軍需会社の下うけをやっていて、小金をためたような小企業家が、さて、敗戦と同時に、何か別途に金をふやす方法をさがした。軍部関係で闇に流れた莫大な紙があった。戦後、続出した新興出版事業者は、ほとんど例外なしに、この敗戦おきみやげたる紙・・・ 宮本百合子 「しかし昔にはかえらない」
・・・ 休職の海軍軍人で小金の有る内福な事を繰返し繰返し云ってから、「一刻も早くはあ孫の顔が見たいばっかりで、」と涙をこぼして居た。 千世子は耳遠い年寄にわかる様に一言一言力を入れて自分の暮しの様子なんか話して、「何より御目出・・・ 宮本百合子 「蛋白石」
・・・ただ、近頃一部の作家の間に流行しているように、小金をためて来た作家たちが、背後により大きい資本と結合して、出版企業体を組織し、株主や理事になって、利潤の分配に直接関係しはじめている人々は、作家といっても、それは例外である。職人が小金をためて・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・このシュールダンというは機敏な奴で一代の中に大分の金を余した男である。 皿の後に皿が出て、平らげられて、持ち去られてまた後の皿が来る、黄色な苹果酒の壺が出る。人々は互いに今日の売買の事、もうけの事などを話し合っている。彼らはまた穀類の出・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・しかしそれには金がいる。人の魚を釣るのを見ているような態度で、交際社会に臨みたくはない。ゴルキイのような vagabondage をして愉快を感じるには、ロシア人のような遺伝でもなくては駄目らしい。やはりけちな役人の方が好いかも知れないと思・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ゆうべ一しょに泊る筈の小金奉行が病気引をしたので、寂しい夜寒を一人で凌いだのである。傍には骨の太い、がっしりした行燈がある。燈心に花が咲いて薄暗くなった、橙黄色の火が、黎明の窓の明りと、等分に部屋を領している。夜具はもう夜具葛籠にしまってあ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・ この檀那に一本お見舞申して、金を捲き上げようと云う料簡で、ツァウォツキイは鉄道の堤の脇にしゃがんでいた。しかしややしばらくしてツァウォツキイは気が附いた。それは自分が後れたと云うことである。リンツマンの檀那はもう疾っくに金を製造所へ持・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
出典:青空文庫