・・・雨あがりの青空。雨あがりの黒土。梅の花。あれは、きっと裏庭である。女のやわらかい両手が私のからだをそこまで運びだし、そうして、そっと私を地べたに立たせた。私は全く平気で、二歩、か三歩、あるいた。だしぬけに私の視覚が地べたの無限の前方へのひろ・・・ 太宰治 「玩具」
・・・日本には、半可通ばかりうようよいて、国土を埋めたといっても過言ではあるまい。 もっと気弱くなれ! 偉いのはお前じゃないんだ! 学問なんて、そんなものは捨てちまえ! おのれを愛するが如く、汝の隣人を愛せよ。それからでなければ、どうにも・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ 窓外、庭の黒土をばさばさ這いずりまわっている醜き秋の蝶を見る。並はずれて、たくましきが故に、死なず在りぬる。はかなき態には非ず。十日。 私が悪いのです。私こそ、すみません、を言えぬ男。私のアクが、そのまま素直に私へ又はねか・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ユダヤ民族を集合して国土を立てようというザイオニズムの主張者としてさもありそうな事である。桑木理学博士がかつて彼をベルンに尋ねた時に、東洋は東洋で別種の文化が発達しているのは面白いといったような事を話したそうである。この点でも彼は一種のレラ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・千ヶ滝から峰の茶屋への九十九折の坂道の両脇の崖を見ると、上から下まで全部が浅間から噴出した小粒な軽石の堆積であるが、上端から約一メートルくらい下に、薄い黒土の層があって、その中に樹の根や草の根の枯れ朽ちたのが散在している。事によると、昔のあ・・・ 寺田寅彦 「浅間山麓より」
・・・ 大正年間の大噴火に押し出した泥流を被らなかったと思われる部分の山腹は一面にレモン黄色と温かい黒土色との複雑なニュアンスをもって彩られた草原に白く曝された枯木の幹が疎らに点在している。そうして所々に露出した山骨は青みがかった真珠のような・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・しかしまだ物心もつかないうちに本国に帰ってしまったので、日本の記憶と云っては夢ほどにも残っていないが、ただ生れた土地と聞くだけで日本の国土に対するゼエンズフトを懐いている。そしていつか一度日本人というものに会ってみたいと云っていた。それを知・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・これを聞いているうちに自分はアメリカの黒奴史を通覧させられるような気がした。 砂漠でらくだがうずくまっていると飛行機の音が響いて来る、するとらくだが驚いて一声高くいなないて立ち上がる。これだけで芝居のうそが生かされて熱砂の海が眼前に広げ・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかるに現在の科学の国土はまだウパニシャドや老子やソクラテスの世界との通路を一筋でももっていない。芭蕉や広重の世界にも手を出す手がかりをもっていない。そういう別の世界の存在はしかし人間の事実である。理屈ではない。そういう事実を無視して、科学・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・ この表中にヨーロッパやアメリカなどの火山が出て来るのを見て笑う人もあろうと思うが、しかし南洋語と欧州語との間の親族関係がかなり明らかにされている今日、日本だけが特別な箱入りの国土と考えるのはあまりにおかしい考えである。これについてはど・・・ 寺田寅彦 「火山の名について」
出典:青空文庫