・・・余いずくんぞ一言なきを得んや。古人初めて陳ぶるに臨まば奇功多からざらんを欲す。その小成に安んずるをおそるるなり。今君は弱冠にして奇功多し。願わくは他日忸れて初心を忘るるなかれ。余初めて書を刊して、またいささか戒むるところあり。今や迂拙の文を・・・ 田口卯吉 「将来の日本」
・・・倫理に於いても、新しい形の個人主義の擡頭しているこの現実を直視し、肯定するところにわれらの生き方があるかも知れぬと思案することも必要かと思われる。 太宰治 「新しい形の個人主義」
・・・ また、或る人は、ご叮嚀にも、モンテーニュのエッセエの「古人の吝嗇に就いて」という章を私に見せて、これが井伏の小説の本質だなどと言った。すなわち、「アフリカに於ける羅馬軍の大将アッチリウス・レグルスは、カルタゴ人に打ち勝って光栄・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・そんな古人の句の酸鼻が、胸に焦げつくほどわかるのだ。私は、人間の資格をさえ、剥奪されていたのである。 私は、いま、事実を誇張して書いてはいけない。充分に気をつけて書いているのであるから、読者も私を信用していいと思う。れいのひとりよがりの・・・ 太宰治 「鴎」
・・・これは、必ずしも、故人の日記、そのままの姿では無い。ゆるして、いただきたい。かれが天稟の楽人ならば、われも不羈の作家である。七百頁の「葛原勾当日記」のわずかに四十分の一、青春二十六歳、多感の一年間だけを、抜き書きした形であるが、内容に於て、・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・すなわち、故人、入江新之助氏の遺家族のスケッチに違いないのである。もっとも、それは必ずしも事実そのままの叙述ではなかった。大げさな言いかたで、自分でも少からず狼狽しながら申し上げるのであるが、謂わば、詩と真実以外のものは、適度に整理して叙述・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・彼自身個人としては公生活の組織に関してかなりな興味をもっているが、学校で政治的素養を作る事は面白くないと云っている。その理由は第一こういう教育は官辺の影響のために本質的に出来にくいし、また頭の成熟しないものが政治上の事にたずさわるのは一体早・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・現に生きて活動している文人にゆかりのある家をこういうふうにしてあたかも古人の遺跡のように仕立ててあるのもやはりちょっと珍しいような気がする。 天守台跡に上っているとどこかでからすの鳴いているのが「アベバ、アベバ」と聞こえる。こういうから・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・ 疾くに故人となった甥の亮が手製の原始的な幻燈を「発明」したのは明らかにこれらの刺激の結果であったと思われる。その「器械」は実に原始的なものであった。本箱の上に釘を二本立ててその間にわずかに三寸四角ぐらいの紙を張ったのがスクリーンである・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・この世に全く新しき何物も存在せぬという古人の言葉は科学に対しても必ずしも無意義ではない。科学上の新知識、新事実、新学説といえども突然天外から落下するようなものではない。よくよく詮議すればどこかにその因って来るべき因縁系統がある。例えば現代の・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
出典:青空文庫