・・・遙かの遠くでそれに応えた馬があった。跡は風だけが吹きすさんだ。 夫婦はかじかんだ手で荷物を提げながら小屋に這入った。永く火の気は絶えていても、吹きさらしから這入るとさすがに気持ちよく暖かった。二人は真暗な中を手さぐりであり合せの古蓆や藁・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・出先へこうした急使の覚えはいささかもないので、急な病気、と老人を持つ胸に応えた。「敵の間諜じゃないか。」と座の右に居て、猪口を持ちながら、膝の上で、箇条を拾っていた当家の主人が、ト俯向いたままで云った。「まさか。」 とみまわすと・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・ 呼ばるるに応えて、「はい。」 とのみ。渠は判然とものいえり。 尉官は太く苛立つ胸を、強いて落着けたらんごとき、沈める、力ある音調もて、「汝、よく娶たな。」 お通は少しも口籠らで、「どうも仕方がございません。」・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・指はズキズキと身に応えた。 更めて、心着くと、ああ、夫人の像の片手が、手首から裂けて、中指、薬指が細々と、白く、蕋のように落ちていた。 この御慈愛なかりせば、一昨日片腕は折れたであろう。渠は胸に抱いて泣いたのである。 なお仏師か・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・それでは、婆娑々々するばかりで、ちっとも肉へ応えねえだ。夫人 ああ。人形使 それでだの、打つものを、この酔払いの乞食爺だと思っては、ちっとも力が入らねえだ。――御新造様が、おのれと思う、憎いものが世にあるべい。姑か、舅か、小姑か、他・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・「その体が、堅い鉄で造られていますから、さまで応えないのです。」と、やさしい星がいいました。 これを聞くと、運命の星は、身動きをしました。そして、怖ろしくすごい光を発しました。なにか、自分の気にいらぬことがあったからです。「そん・・・ 小川未明 「ある夜の星たちの話」
・・・しかし、応えはありませんでした。 彼は、自分の手に、いまおじいさんの持っていたバイオリンのあるのに、はじめて気づきました。そして、おじいさんは、海のかなたへいってしまったのだと知って、かぎりなく悲しかったのです。 彼は、その石に腰を・・・ 小川未明 「海のかなた」
・・・庶務課長のじろりとした眼を情けなく顔に感じながら、それでも神妙にいろいろ受け応えし、採用と決った。けれども、翌日行ってみると、やらされた仕事は給仕と同じことだった。自転車に乗れる青年を求むという広告文で、それと察しなかったのは迂濶だった。新・・・ 織田作之助 「雨」
・・・そのことが、夢のなかのことながら、彼には応えた。 女を買うということが、こんなにも暗く彼の生活へ、夢に出るまで、浸み込んで来たのかと喬は思った。現実の生活にあっても、彼が女の児の相手になっている。そしてその児が意地の悪いことをしたりする・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・く茶もくんで出す、何を楽しみでかくも働くことかと問われそうで問う人もなく、感心な女とほめられそうで別に評判にも上らず、『いつもご精が出ます』くらいの定まり文句の挨拶をかけられ『どういたしまして』と軽く応えてすぐ鼻唄に移る、昨日も今日もかくの・・・ 国木田独歩 「置土産」
出典:青空文庫