・・・われまたほほえみてこれに応えざるを得ざりき。君はこのごろ毎夜狂犬いでて年若き娘をのみ噛むちょううわさをききたまいしやと、妹はなれなれしくわれに問えり、問いの不思議なると問えるさまの唐突なるとにわれはあきれて微笑みぬ。姉はわが顔を見て笑いつ、・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・夜は更けて人の通行も稀になっていたから四辺は極めて静に僕の靴の音、二人の下駄の響ばかり物々しゅう反響していたが、先刻の母の言草が胸に応えているので僕も娘も無言、母も急に真面目くさって黙って歩るいていました。「森影暗く月の光を遮った所へ来・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・山彦はかすかに応えせり。翁は久しくこの応えをきかざりき。三十年前の我、長き眠りより醒めて山のかなたより今の我を呼ぶならずや。 老夫婦は声も節も昔のごとしと賛め、年若き四人は噂に違わざりけりと聴きほれぬ。源叔父は七人の客わが舟にあるを忘れ・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 真蔵はそれには応えず、其処辺を見廻わしていたが、「も少し日射の好い部屋で縫ったら可さそうなものだな。そして火鉢もないじゃないか」「未だ手が凍結るほどでもありませんよ。それにこの節は御倹約ということに決定たのですから」「何の・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・禽も啼かざる山間の物静かなるが中なれば、その声谿に応え雲に響きて岩にも侵み入らんばかりなりしが、この音の知らせにそれと心得てなるべし、筒袖の単衣着て藁草履穿きたる農民の婦とおぼしきが、鎌を手にせしまま那処よりか知らず我らが前に現れ出でければ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・新内いよいよ気をゆるし、頬杖ついて、茶わんむしがいいなと応え、黒眼鏡の奥の眼が、ちろちろ薄笑いして、いまは頗る得意げであった。さて、新内さん。あなたというお人は、根からの芸人ではあるまい。なにかしら自信ありげの態度じゃないか。いずれは、ゆい・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・』アグリパイナは、威厳を失わず、きっと起き直って難詰した。応えは無かった。 宣告書は手交せられた。 ちらと眼をくれ、『このような、死罪を言い渡されるような、理由は、ない。そこ退け、下賤の者。』応えは無かった。 理由は、おまえに覚・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ ほかの方図のわらわ、それさ応え、 ――どの雀、欲うし? て歌ったとせえ。 そこでもってし、雀こ欲うして歌った方図のわらわ、打ち寄り、もめたずおん。 ――誰をし貰ればええべがな? ――はにやすのヒサこと貰れば、どうだ・・・ 太宰治 「雀こ」
・・・私は固くなって、へんな応えかたをした。ひどくりきんでいたのである。馬場はかるく狼狽の様子で、「くらべたりするもんじゃないよ」と言って笑ったが、すぐにけわしく眉をひそめ、「いや、ものごとはなんでも比較してはいけないんだ。比較根性の愚劣」と・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・地獄だ、地獄だ、と思いながら、私はいい加減のうけ応えをして酒を飲み、牛鍋をつつき散らし、お雑煮を食べ、こたつにもぐり込んで、寝て、帰ろうとはしないのである。 義。 義とは? その解明は出来ないけれども、しかし、アブラハムは、ひと・・・ 太宰治 「父」
出典:青空文庫