・・・彼はちょっと嵩にかかるような口調で応えた。「もっともこの砂礫じゃ、作物はだめだからね」「いいえ、作物もようできますぜ。これからあんた先へ行くと、畑地がたくさんありますがな」「この辺の土地はなかなか高いだろう」「なかなか高いで・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・と幕押し分けたるままにていう。天を憚かり、地を憚かる中に、身も世も入らぬまで力の籠りたる声である。恋に敵なければ、わが戴ける冠を畏れず。「ギニヴィア!」と応えたるは室の中なる人の声とも思われぬほど優しい。広き額を半ば埋めてまた捲き返る髪・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・ところが芝居の好きな人には私の厭だと思うところはいっこう応えないように見えますがどうでしょう。 光秀が妹から刀を受取って一人で引込むところは、内容として不都合がない。だから芸術上の上手下手を云う余地があったのです。あすこはあなたがたも旨・・・ 夏目漱石 「虚子君へ」
・・・これほど労力を節減できる時代に生れてもその忝けなさが頭に応えなかったり、これほど娯楽の種類や範囲が拡大されても全くそのありがたみが分らなかったりする以上は苦痛の上に非常という字を附加しても好いかも知れません。これが開化の産んだ一大パラドック・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・と癇の高い声を、肺の縮むほど絞り出すと、太い声が、草の下から、「おおおい」と応える。圭さんに違ない。 碌さんは胸まで来る薄をむやみに押し分けて、ずんずん声のする方に進んで行く。「おおおい」「おおおい。どこだ」「おおおい。・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・』 広告は幸応えられた。 二日経って広告が掲載されると其朝、さほ子は、間誤付をかくした真面目な顔付で、一人の娘を食事部屋に案内した。 広告を見て来た其娘は、二十前後で、細そりした体つきをしていた。念を入れた化粧をし、メリンス・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・の要求に応えたものであるという紹介がされている。「リビヤ白騎隊」は映画に於ける最初の「脱出」の映画として登場したものであるそうである。ムッソリーニ賞が与えられたということの社会的背景がこれらの事情によってやや理解されるのである。 イ・・・ 宮本百合子 「イタリー芸術に在る一つの問題」
・・・ 従って、自分が死去した良人を追慕し、彼が自分の隣に坐っていた時と同様の愛に燃立った時、それに応えてくれる声、眼、彼の全部を持ち得ないのだと想うことは、どれ程の空虚を感じるかということは明かです。 その空虚の予感が自分を苦しめます。・・・ 宮本百合子 「偶感一語」
・・・犠牲の甚大であった自分たちのこれまでの生活にかけて、その未来をもたらすものは、我等若もの、と応えずにはいられまいと信じる。〔一九四六年四月〕 宮本百合子 「現実の必要」
・・・姉は胸に秘密を蓄え、弟は憂えばかりを抱いているので、とかく受け応えが出来ずに、話は水が砂に沁み込むようにとぎれてしまう。 去年柴を苅った木立ちのほとりに来たので、厨子王は足を駐めた。「ねえさん。ここらで苅るのです」「まあ、もっと高い・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫