・・・もし私の通ったような道を通り過ぎた後なら致し方もないが、もしどこかにこだわりがあるなら、それを踏潰すまで進まなければ駄目ですよ。――もっとも進んだってどう進んで好いか解らないのだから、何かにぶつかる所まで行くよりほかに仕方がないのです。私は・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・だけれども、ほんとにまじりけない生きているよろこびでピチピチしている子供ら、新しい世代として成長しつつある子供らの新鮮で、こだわりなくて、そしてよその国のどこにもない社会的な保護のもとに小さな人々として生きつつある姿は、わたしを感動させずに・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第八巻)」
・・・――何のこだわりもない、実にいい心持です。 やがて食事当番の子供が二人がかりで大きいお鍋を運んで来て、角テーブルの上へおきました。ポーポー湯気がたって、美味そうな匂いがする。スープです。 別の当番の子供たちが、それを順ぐりにアルミの・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・ M子が学校を出て仕舞ってから一年に一度も会わない時もあったしその間手紙の一本もやり取りしなかった時さえ有ったけれ共その次会った時には昨日会った時と同じ何のこだわりも無い気持になれた。 始めの間は只親しいと云うのに過なかったけれ共今・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・自分はこう云う風に遣って行こう、と思った場合、当然起る心のこだわりを、どうしたらよいのだろう。 どうしても、偏狭や妥協、自己陶酔があると思う。一般的に気質の傾向が感情的だとされる女性にとって、これは有勝な事で、又恐ろしい事であると思わず・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・平明に、こだわりなく天と地とがぽーっと胸を打ち開いて、高らかな天然の樹木、人間の耕作物をいだきのせている。自動車という文明の乗物できまった村街道を進むのではあるが、外の自然を見ていると、空気に、日光に、原始的な、神代めいた朗かさ、自由さ、豊・・・ 宮本百合子 「九州の東海岸」
・・・ 出て見ると、照子は相変らず白粉けのない、さばさばした様子で、何のこだわりもなく「今日は――いつぞやは有難うございました」と挨拶した。愛は、楽な心持になった。「どうなすって? あの晩、電車ぎりぎりだったでしょう」「ええも・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
・・・が割合に順調であった為めに、それから享容れた或る純真さはあったかも知れないが、他面に於て前に述べた伝統から享容れた欠点のある事も否めない事実であるから、これからは一切の不純な気持、身に附き添った色々なこだわりから離脱し、創作境そのものの中に・・・ 宮本百合子 「女流作家として私は何を求むるか」
・・・またその弾性のこだわりのないしなやかさの内にあります。それは青春期の肉体のみずみずしさとちょうど相応ずるものです。そうして年とともに自然に失われて、特殊の激変に逢わない限り、再び手に入れることのむずかしいものです。 この時期には内にある・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
・・・断層のために幾分弟子たちの間に感情のこだわりができたのは、芥川の連中が加わるようになってからではないかと思う。そのころ私は鵠沼に住んでいた関係で、あまりたびたび木曜会には顔を出さなかったし、またたまに訪れて行った時にはその連中が来ていないと・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫