・・・ 夫が出てしまうと、奥さんは戸じまりをして、徐かに陰気らしく、指の節をこちこちと鳴らしながら、部屋へ帰った。 * * * 外の摸様はもうよほど黎明らしくなっている。空はしら・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・雪国の冬だけれども、天気は好し、小春日和だから、コオトも着ないで、着衣のお召で包むも惜しい、色の清く白いのが、片手に、お京――その母の墓へ手向ける、小菊の黄菊と白菊と、あれは侘しくて、こちこちと寂しいが、土地がら、今時はお定りの俗に称うる坊・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ いちばんおしまいの場面で、淪落のどん底に落ちた女が昔の友に救われてその下宿に落ち着き、そこで一皿の粥をむさぼり食った後に椅子に凭ってこんこんとして眠る、その顔が長い間の辛酸でこちこちに固まった顔である。それが忽然として別の顔に変わる。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・それで手足の指などは自分のからだの一部とは思われないように冷え凍えてこちこちしている代わりに頭の中などはいいかげんにあたたかいものがよい程度に充実しているような気がしている。ところが桜が咲く時分になるとこの血液がからだの外郭と末梢のほうへ出・・・ 寺田寅彦 「春六題」
・・・一郎も河原にすわって石をこちこちたたいていました。 ところが、それからよほどたっても魚は浮いて来ませんでした。 佐太郎はたいへんまじめな顔で、きちんと立って水を見ていました。きのう発破をかけたときなら、もう十匹もとっていたんだとみん・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・音がした。二人はぎょっとして聞き耳をたてた。 音はなくなった。(今頃探鉱嘉吉は豆の餅を口に入れた。音がこちこちまた起った。(この餅拵えるのは仙台領嘉吉はもうそっちを考えるのをやめて話しかけた。おみちはけれども気の無さそうに返事してま・・・ 宮沢賢治 「十六日」
・・・みんなはこちこち指でコップをあらいました。「さあまた洗うんだぜ。」ファゼーロが云ってまた水をつぎました。 みんなは前の水を草にすててまた水をそそぎました。「もう一ぺん洗うんだぜ。前の酒の匂がついてるからな。」ファゼーロがまた水を・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 皿にゃあといた絵具がこびりついたまんまだし、筆はこちこちになったまんまで―― このまんま当分遊ぶときめた。 千世子によっかかりながら云う。 何故、そんなに甘ったれるんだろう、 大きななりをしてながら、 私よ・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・川の水も減って、赤っぽい粘土のごみだらけのきたない処が見え出し、こちこちになってひびが入って居る。小魚の姿などはとうにから見えないのである。 町につづいて居る小高くなって居る往還は、霜が降っても土は柔くなろうとはしず、只かしかしにかたま・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫