・・・釈迦の説いた教によれば、我々人間の霊魂は、その罪の軽重深浅に従い、あるいは小鳥となり、あるいは牛となり、あるいはまた樹木となるそうである。のみならず釈迦は生まれる時、彼の母を殺したと云う。釈迦の教の荒誕なのは勿論、釈迦の大悪もまた明白である・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・ 暮色を帯びた町はずれの踏切りと、小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮な蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。が、私の心の上には、切ない程はっきりと、この光景が焼きつけられた。そうし・・・ 芥川竜之介 「蜜柑」
・・・ しかし、それはただ青葉ばかりで、菖蒲の短いのがむらがってて、水の色の黒い時分、ここへも二日、三日続けて行きましたっけ、小鳥は見つからなかった。烏が沢山居た。あれが、かあかあ鳴いて一しきりして静まるとその姿の見えなくなるのは、大方その翼・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・松を飛んだ、白鷺の首か、脛も見え、山鳥の翼の袖も舞った。小鳥のように声を立てた。 砂山の波が重り重って、余りに二人のほかに人がない。――私はなぜかゾッとした。あの、翼、あの、帯が、ふとかかる時、色鳥とあやまられて、鉄砲で撃たれはしまいか・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・木の葉の形も小鳥の形もはっきり映るようになると、きわめて落ちついた静かな趣になる。 省作はそのおもしろい光景にわれを忘れて見とれている。鎌をとぐ手はただ器械的に動いてるらしい。おはまは真に苦も荷もない声で小唄をうたいつつ台所に働いている・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・女房は檻房の床の上に倒れて死んでいた。それを見附けて、女の押丁が抱いて寝台の上に寝かした。その時女房の体が、着物だけの目方しかないのに驚いた。女房は小鳥が羽の生えたままで死ぬように、その着物を着たままで死んだのである。跡から取調べたり、周囲・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・寒さに弱い、この小鳥は、あたたかなところに育つように生まれついたからです。 王さまは、もうつばめらの帰る時分だと思うと、赤い船を迎えによこされました。つばめたちも、船に乗りおくれてはならぬと思って、その時分には、海岸の近くにきて、気をつ・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
一 小さな芽 小さな木の芽が土を破って、やっと二、三寸ばかりの丈に伸びました。木の芽は、はじめて広い野原を見渡しました。大空を飛ぶ雲の影をながめました。そして、小鳥の鳴き声を聞いたのであります。(ああ、これが世の中と考えました。・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
みんなは私が鼻の上に汗をためて、息を弾ませて、小鳥みたいにちょんちょんとして、つまりいそいそとして、見合いに出掛けたといって嗤ったけれど、そんなことはない。いそいそなんぞ私はしやしなかった。といって、そんな時私たちの年頃の・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ すばしこく枝移りする小鳥のような不定さは私をいらだたせた。蜃気楼のようなはかなさは私を切なくした。そして深祕はだんだん深まってゆくのだった。私に課せられている暗鬱な周囲のなかで、やがてそれは幻聴のように鳴りはじめた。束の間の閃光が私の・・・ 梶井基次郎 「筧の話」
出典:青空文庫