・・・やむをえず負える靴をとりおろして穿ち歩むに、一ツ家のわらじさげたるを見当り、うれしやと立寄り一ツ求めて十銭札を与うるに取らず、通用は近日に廃せらるる者ゆえ厭い嫌いて、この村にては通用ならぬよしの断りも無理ならねど、事情の困難を話してたのむに・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・らせ曳く網のたび重なれば阿漕浦に真珠を獲て言うなお前言うまいあなたの安全器を据えつけ発火の予防も施しありしに疵もつ足は冬吉が帰りて後一層目に立ち小露が先月からのお約束と出た跡尾花屋からかかりしを冬吉は断り発音はモシの二字をもって俊雄に向い白・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・そのために、彼は他にもあった教師の口を断り、すこし土でも掘って見ようと思って、わざわざこの寂しい田舎へ入って来た。「高瀬さん、一体貴方はお幾つなんですか――」 桜井先生の奥さんは庭づたいに隣の家の方から廻って来た高瀬に尋ねた。奥・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・剃ってあげましょう、と親切に言って下さるので、私は又も断り切れず、ええ、お願いします、と頼んでしまうのでした。くたくたになり、よろめいて家へ帰り、ちょっと仕事をしようかな、と呟いて二階へ這い上り、そのまま寝ころんで眠ってしまうのであります。・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・「ええ、お家のほうへ電話してほうぼう案内するように言いつけようとおっしゃったのですが、私は断りました。」 北さんは頑固で、今まで津軽の私の生家へいちども遊びに行った事がないのである。ひとのごちそうになったり世話になったりする事は、極・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・辻森さんには、これまで、わがままを通してもらった。断り切れないのである。 私には、今更、感想は何も無い。このごろは、次の製作に夢中である。友人、山岸外史君から手紙をもらった。(「走れメロス」その義、神 亀井勝一郎君からも手紙・・・ 太宰治 「自作を語る」
・・・め、甲府からこの三鷹へ引越し、四日目の昼ごろ、百姓風俗の変な女が来て、この近所の百姓ですと嘘をついて、むりやり薔薇を七本、押売りして、私は、贋物だということは、わかっていたが、私自身の卑屈な弱さから、断り切れず四円まきあげられ、あとでたいへ・・・ 太宰治 「市井喧争」
新学年開始のこの機会に上記の題で何か書けという編輯員からの御注文である。別に腹案もないからと一応御断りしたが、何でもいいから書けといわれる。自分の学生時代の想い出のようなものでもいいからといわれるので、たださしあたり思いつ・・・ 寺田寅彦 「科学に志す人へ」
・・・御無沙汰をすることにあきらめていた。そこへ『中央美術』の山路氏が訪ねて来られて帝展の批評を書いてみないかという御勧めがあった。御断りをした積りでいるうちに何時の間にかつかまってしまって、とうとうこの「見ざるの記」を書く事になった。 見な・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・そう言われて見ると、私の性質として又断り切れず、とうとう高等師範に勤めることになった。それが私のライフのスタートであった。 茲で一寸話が大戻りをするが、私も十五六歳の頃は、漢書や小説などを読んで文学というものを面白く感じ、自分もやって見・・・ 夏目漱石 「処女作追懐談」
出典:青空文庫