・・・見上げると八合目まで雪になったマッカリヌプリは少し頭を前にこごめて風に歯向いながら黙ったまま突立っていた。昆布岳の斜面に小さく集った雲の塊を眼がけて日は沈みかかっていた。草原の上には一本の樹木も生えていなかった。心細いほど真直な一筋道を、彼・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
沢本と瀬古とがとも子をモデルにして画架に向かっている。戸部は物憂そうに床の上に臥ころんでいる。沢本 おい瀬古、ドモ又がうなっているぞ、死ぬんじゃあるまいな。瀬古 僕も全くうなりたくなるねえ、死にたくなるね・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ 潮風で漆の乾びた、板昆布を折ったような、折敷にのせて、カタリと櫃を押遣って、立てていた踵を下へ、直ぐに出て来た。「少人数の内ですから、沢山はないんです、私のを上げますからね、はやく持って行って下さいまし。」 今度はやや近寄って・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 思出す、あの……五十段ずつ七折ばかり、繋いで掛け、雲の桟に似た石段を――麓の旅籠屋で、かき玉の椀に、きざみ昆布のつくだ煮か、それはいい、あろう事か、朝酒を煽りつけた勢で、通しの夜汽車で、疲れたのを顧みず――時も八月、極暑に、矢声を掛け・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 小店の障子に貼紙して、 (今日より昆布 ……のんびりとしたものだ。口上が嬉しかったが、これから漫歩というのに、こぶ巻は困る。張出しの駄菓子に並んで、笊に柿が並べてある。これなら袂にも入ろう。「あり候」に挨拶の心得で、「おか・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・ 若狭鰈――大すきですが、それが附木のように凍っています――白子魚乾、切干大根の酢、椀はまた白子魚乾に、とろろ昆布の吸もの――しかし、何となく可懐くって涙ぐまるるようでした、なぜですか。…… 酒も呼んだが酔いません。むかしの事を考え・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 文相既にかくの如くだから、女学校の先生たちは盛んに男女交際を鼓舞し、結婚の自由を主張し、男女の学生が自由に往来するを少しも干渉しないのみならず、教師自身が率先して種々の名目の下に青年男女を会同し、自由に野方図に狎戯け散らすのを寛大に見・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・といって自分で自分を鼓舞して、ふたたび筆を執って書いた。その話はそれだけの話です。しかしわれわれはそのときのカーライルの心中にはいったときには実に推察の情溢るるばかりであります。カーライルのエライことは『革命史』という本のためにではなくして・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・同時に若いものの勇気を鼓舞しなければならぬ役目をもっていました。彼は、風と戦い、山野を見下ろして飛んだけれど、ややもすると翼が鈍って、若いものに追い越されそうになるのでした。「おじいさん、ゆっくり飛びましょう。」 若いがんたちは、い・・・ 小川未明 「がん」
・・・そして、児童の読物に於ては、誤れる現実の喜悲を清算して、真にこれを感じて尊重しなければならぬ人類の名誉、幸福のいかなるものであるかについて、知らしめ、意識せしめ、それに向って鼓舞せしめなければならぬものです。同時に、正純な美について、愛につ・・・ 小川未明 「童話を書く時の心」
出典:青空文庫