・・・感心しなかったのサ、森とした林の上をパラパラと時雨て来る、日の光が何となく薄いような気持がする、話相手はなしサ食うものは一粒幾価と言いそうな米を少しばかりと例の馬の鈴、寝る処は木の皮を壁に代用した掘立小屋」「それは貴様覚悟の前だったでし・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・破れ小屋でもいい、それを見つけて一夜を明かしたい! だが、どこまで行っても雪ばかりだ。…… 最初に倒れたのは、松木だった。それから武石だった。 松木は、意識がぼっとして来たのは、まだ知っていた。だが、まもなく頭がくらくらして前後・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 昨年、私たちの地方では、水なしには育たない稲ばかりでなく、畑の作物も──どんな飢饉の年にも旱魃にもこれだけは大丈夫と云われる青木昆陽の甘藷までがほとんど駄目だった。村役場から配布される自治案内に、七分搗米に麦をまぜて食えば栄養摂取が十・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・明日は牛頭天王の祭りとて、大通りには山車小屋をしつらい、御神輿の御仮屋をもしつらいたり。同じく祭りのための設けとは知られながら、いと長き竿を鉾立に立てて、それを心にして四辺に棒を取り回し枠の如くにしたるを、白布もて総て包めるものありて、何と・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・森さんの寄付してくれた古い小屋なぞも裏のほうに造り足してあったよ。」 私は次郎や三郎にもこんな話を聞かせて置いて、またそこに横になった。 二日も三日も私は寝てばかりいた。まだ半分あの山の上に身を置くような気もしていた。旅の印象は疲れ・・・ 島崎藤村 「嵐」
岡の上に百姓のお家がありました。家がびんぼうで手つだいの人をやとうことも出来ないので、小さな男の子が、お父さんと一しょにはたらいていました。男の子は、まいにち野へ出たり、こくもつ小屋の中で仕事をしたりして、いちんちじゅう休・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・構えのうちにある小屋でも稲叢でも、皆川を過ぎて行く船頭の処から見えました。此、金持らしい有様の中で、仕事がすむとそおっと川の汀に出かけ、其処に座る、一人の小さい娘のいるのに、気が附いた者があったでしょうか? 私は知りません。けれども、此処で・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・ 私は下駄をつっかけて土間へ降り、無言で鶏小屋へ案内しました。雛の保温のために、その小屋には火鉢を置いてあるのです。私たちは真暗い鶏小屋にこっそりはいります。私たちがはいって行っても、鶏どもが少しも騒がなかったほど、それほどこっそり忍び・・・ 太宰治 「嘘」
・・・中に一匹腰が抜けて足の立たないのがいて、他の仲間のような活動を断念してたいていいつも小屋の屋根の上でごろごろしている。それがどうかして時おり移動したくなるとひょいと逆立ちをして麻痺した腰とあと足を空中高くさし上げてそうして前足で自由に歩いて・・・ 寺田寅彦 「あひると猿」
・・・道太は少年のころ、町へおろされたその芝居小屋に、二十軒もの茶屋が、両側に並んで、柿色の暖簾に、造花の桜の出しが軒に懸けつらねられ、観客の子女や、食物を運ぶ男衆が絡繹としていたのを、学校の往復りに見たものであった。延若だの団十郎だの蝦十郎だの・・・ 徳田秋声 「挿話」
出典:青空文庫