・・・しかし、そういう僻説を少しも修飾することなしにそのままに記録するということが、かえって賢明なる本講座の読者にとってはまた特殊の興味があるかと思うので、なんら他を顧慮することなくして、年来の所見をきわめて露骨に、しかも無秩序に羅列したまでであ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・一方ではまた、審査する方が濫造の世評を顧慮して審査の標準を高め、上記の比率を低下させるようにするかも知れない。しかし比率を半分に切り下げても、研究の数が四倍になれば、博士及第者の数は二倍になるのは明白な勘定であろう。 こういう風に考えて・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・ それでともかくも、全く顧慮なしにいつでも来かかった最初の電車に飛び乗る人にとっては、すいたのにうまく行き会う機会が少なくて、込んだのに乗る機会が著しく多い。そういう経験の記憶が自然に人々の頭にしみ込む。おそらく込み合っていた多数の場合・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
・・・連歌に始まり俳諧に定まった式目のいろいろの規則は和声学上の規則と類似したもので、陪音の調和問題から付け心の不即不離の要求が生じ、楽章としての運動の変化を求めるために打ち越しが顧慮され去り嫌い差合の法式が定められ、人情の句の継続が戒められる。・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・池辺君が胸部に末期の苦痛を感じて膏汗を流しながらもがいている間、余は池辺君に対して何らの顧慮も心配も払う事ができなかったのは、君の朋友として、朋友にあるまじき無頓着な心持を抱いていたと云う点において、いかにも残念な気がする。余が修善寺で生死・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・君は少しも顧慮する気色も見えず醇々として頭の悪い事を説かれた。何でも去年とか一度卒倒して、しばらく田端辺で休養していたので、今じゃ少しは好いようだとかいう話しであった。「それじゃ、まだ来客謝絶だろう」と冗談半分に聞いて見たら、「まあ……」と・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・青年の客気に任せて豪放不羈、何の顧慮する所もなく振舞うた。その結果、半途にして学校を退くようになった。当時思うよう、学問は必ずしも独学にて成し遂げられないことはあるまい、むしろ学校の羈絆を脱して自由に読書するに如くはないと。終日家居して読書・・・ 西田幾多郎 「或教授の退職の辞」
・・・尊敬はどの種類の人にもあるが、単に同じ対象を尊敬する場合を顧慮して言ってみると、道を求める人なら遅れているものが進んでいるものを尊敬することになり、ここに言う中間人物なら、自分のわからぬもの、会得することの出来ぬものを尊敬することになる。そ・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
・・・私はこの熟路を行くに、奇蹟たる他の一面を顧慮して、多少の手加減をすれば好いのである。 私は決して徼幸者に現金をわたさない。これが徼幸者に対する一つの原則である。そこで私はF君にこんな事を言った。君はドイツ語が好く出来る。私の君を知ってい・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・時にはそのためにすべての顧慮を捨てて、底まで溺れ切ろうという気も起こります。それが何となく英雄的にさえも感ぜられるのです。 これは一方から言えばいい事に相違ありません。生の享楽を知らないものは死んでいるのも同然です。底まで味わおうとしな・・・ 和辻哲郎 「すべての芽を培え」
出典:青空文庫