・・・ しかしどうしてもどう見ても、母様にうつくしい五色の翼が生えちゃあいないから、またそうではなく、他にそんな人が居るのかも知れない、どうしても判然しないで疑われる。 雨も晴れたり、ちょうど石原も辷るだろう。母様はああおっしゃるけれど、・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・また、この花は、紅玉の蕊から虹に咲いたものだが、散る時は、肉になり、血になり、五色の腸となる。やがて見ろ、脂の乗った鮟鱇のひも、という珍味を、つるりだ。三の烏 いつの事だ、ああ、聞いただけでも堪らぬわ。(ばたばたと羽を煽二の烏 急ぐ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・度かさなるに従って、数を増し、燈を殖して、部屋中、三十九本まで、一度に、神々の名を輝かして、そして、黒髪に絵蝋燭の、五色の簪を燃して寝る。 その媚かしさと申すものは、暖かに流れる蝋燭より前に、見るものの身が泥になって、熔けるのでございま・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・ この五色で満身を飾り立ったインコ夫人が後に沼南の外遊不在中、沼南の名誉に泥を塗ったのは当時の新聞の三面種ともなったので誰も知ってる。今日これを繰返しても決して沼南の徳を累する事はあるまい。徳を累するどころか、この家庭の破綻を処理した沼・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・が、『風流仏』を読んだ時は読終って暫らくは恍然として珠運と一緒に五色の雲の中に漂うているような心地がした。アレほど我を忘れて夢幻にするような心地のしたのはその後にない。短篇ではあるが、世界の大文学に入るべきものだ。 露伴について語るべき・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・支那に於いては棹の端に五色の糸をかけてお祭りをするのだそうであるが、日本では、藪から切って来たばかりの青い葉のついた竹に五色の紙を吊り下げて、それを門口に立てるのである。竹の小枝に結びつけられてある色紙には、女の子の秘めたお祈りの言葉が、た・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・夥しく上がった海月が五色の真砂の上に光っているのは美しい。 寛げた寝衣の胸に吹き入るしぶきに身顫いをしてふと台場の方を見ると、波打際にしゃがんでいる人影が潮霧の中にぼんやり見える。熊さんだと一目で知れた。小倉の服に柿色の股引は外にはない・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ この簑について思い出すのは、私が子供の時分に、母か誰かに教わったままに、簑虫の裸にしたのを細かに刻んだ色々の布片と一緒にマッチの空箱の中に入れて、五色の簑を作らせようとした事である。この試験の結果は熱心な期待を裏切って、虫は死んでしま・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・前者では往々たとえば一人の歌手の声が途中で破れていわゆる五色の声を出すような不快な感があるのに、後者では、いろいろの音域の肉声や楽器の音の集まった美しい快い合奏を聞くような感じを与えるのである。もし詩や小説の合作がまれに非常にうまく成効した・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・と女は両手を高く天に挙げて、朽ちたる木の野分を受けたる如く、五色の糸と氷を欺く砕片の乱るる中にどうと仆れる。 三 袖 可憐なるエレーンは人知らぬ菫の如くアストラットの古城を照らして、ひそかに墜ちし春の夜の星の、紫深き・・・ 夏目漱石 「薤露行」
出典:青空文庫