・・・ 朝起きて坊やと二人で御飯をたべ、それから、お弁当をつくって坊やを脊負い、中野にご出勤ということになり、大みそか、お正月、お店のかきいれどきなので、椿屋の、さっちゃん、というのがお店での私の名前なのでございますが、そのさっちゃんは毎日、・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・……「御飯だの、おかずだの別々にたべるの面倒くさいわ、チキンライスにしましょう」。 ある家庭で歳末に令嬢二人母君から輪飾りに裏白とゆずり葉と御幣を結び付ける仕事を命ぜられて珍しく神妙にめったにはしない「うちの用」をしていた。裏白やゆずり・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・土地のなまった言葉で「御飯おあがんなさいまっせ」と言い捨ててすたすた帰って行く。初めはほんの子供のように思っていたが一夏一夏帰省して来るごとに、どことなくおとなびて来るのが自分の目にもよく見えた。卒業試験の前のある日、灯ともしご・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・「え、どこか涼しいところで風呂に入って御飯を食べましょう。途中少し暑いですけれど、少しずつ片蔭になってきますから」 それから古道具屋などの多い町を通って、二人は川の縁へ出てきた。道太が小さい時分、泳ぎに来たり魚を釣ったりした川で、今・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「皆さん、着物を着て下さい。御飯も出来ましたよ」 女工の一人が大声で云っている。女達がてんでに、お櫃を抱えて運ぶ。焼かれた秋刀魚が、お皿の上で反り返っている。「これはどうしたことだ?」 利平は、半ば泣き出したい気持になった。・・・ 徳永直 「眼」
・・・日頃田崎と仲のよくない御飯焚のお悦は、田舎出の迷信家で、顔の色を変えてまで、お狐さまを殺すはお家の為めに不吉である事を説き、田崎は主命の尊さ、御飯焚風情の嘴を入れる処でないと一言の下に排斥して仕舞った。お悦は真赤な頬をふくらし乳母も共々、私・・・ 永井荷風 「狐」
・・・でも、御飯きっとひどいわ、家へいらっしゃいよ、ね」 大理石の卓子の上に肱をついて、献立を書いた茶色の紙を挾んである金具を独楽のように廻していた忠一が、「何平気さ、うんと仕込んどきゃ、あと水一杯ですむよ」 廻すのを止め、一ヵ所を指・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・お祖母さん先生も笑いながら、「おや、これから私どものところでは御飯ですから一緒にたべて下さい。それから……」 ぐるりと、かたまっているみんなを見廻して、「今日は誰が文化委員です?」と子供たちに訊きました。「僕です」「・・・ 宮本百合子 「従妹への手紙」
・・・「きょうは日曜だから、お父う様は少しゆっくりしていらっしゃるのだが、わたしはもう御飯を戴くから、お前もおいででないか。」こう云って、息子の顔を横から覗くように見て、詞を続けた。「ゆうべも大層遅くまで起きていましたね。いつも同じ事を言うようで・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・灸はまた縁側に立って暗い外を眺めていた。飛脚の提灯の火が街の方から帰って来た。びしょ濡れになった犬が首を垂れて、影のように献燈の下を通っていった。 宿の者らの晩餐は遅かった。灸は御飯を食ぺてしまうともう眠くなって来た。彼は姉の膝の上へ頭・・・ 横光利一 「赤い着物」
出典:青空文庫