・・・僕は君臣、父母、夫婦と五倫部の話を読んでいるうちにそろそろ睡気を感じ出した。それから枕もとの電燈を消し、じきに眠りに落ちてしまった。―― 夢の中の僕は暑苦しい町をSと一しょに歩いていた。砂利を敷いた歩道の幅はやっと一間か九尺しかなかった・・・ 芥川竜之介 「死後」
・・・ するすると早や絹地を、たちまち、水晶の五輪塔を、月影の梨の花が包んだような、扉に白く絵の姿を半ば映した。「そりゃ、いけなかろう、お妻さん。」 鴾の作品の扱い方をとがめたのではない、お妻の迷をいたわって、悟そうとしたのである。・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・の両聯も、訪客に異様な眼をらした小さな板碑や五輪の塔が苔蒸してる小さな笹藪も、小庭を前にした椿岳旧棲の四畳半の画房も皆焦土となってしまった。この画房は椿岳の亡い後は寒月が禅を談じ俳諧に遊び泥画を描き人形を捻る工房となっていた。椿岳の伝統を破・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・十字架は我の五輪の塔同様なものです。それは時に山の気象で以て何かの形が見えることもあるものでありますが、とにかく今のさきまで生きておった一行の者が亡くなって、そうしてその後へ持って来て四人が皆そういう十字架を見た、それも一人二人に見えたので・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・同じ書は『心学五倫書』という題名のもとに無署名で刊行されていた。初めは熊沢蕃山が書いたと噂されていたが、蕃山自身はそれを否定し、古くからあったと言っている。惺窩の著と言われ始めたのは、その後である。しかるに他方には『本佐録』あるいは『天下国・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫