・・・五十円の債券を二三枚買って「これでも不動産が殖えたのだからね」などと得意になっていた母親のことも。…… 次の日の朝、妙に元気のない顔をしたたね子はこう夫に話しかけた。夫はやはり鏡の前にタイを結んでいるところだった。「あなた、けさの新・・・ 芥川竜之介 「たね子の憂鬱」
・・・その頃にフランシス――この間まで第一の生活の先頭に立って雄々しくも第二の世界に盾をついたフランシス――が百姓の服を着て、子供らに狂人と罵られながらも、聖ダミヤノ寺院の再建勧進にアッシジの街に現われ出した。クララは人知れずこの乞食僧の挙動を注・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・確かにそれは人間の文化の再建である。人々間の精神的交渉の復活である。なぜなら、彼は精神生活が、物的環境の変化の後に更生するのを主張する人であるから。結局唯物史観の源頭たるマルクス自身の始めの要求にして最後の期待は、唯物の桎梏から人間性への解・・・ 有島武郎 「想片」
・・・その後沼南昵近のものに訊くと、なるほど、抵当に入ってるのはホントウだが、これを抵当に取った債権者というは岳父であったそうだ。 これも或る時、ドウいう咄の連続であったか忘れたが、例の通り清貧咄をして「黒くとも米の飯を食し、綿布でも綿の入っ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・するとそんな男にでもいろんな借金があって、死んだとなるといろんな債権者がやって来たのであるが、その男に家を貸していた大家がそんな人間を集めてその場でその男の持っていたものを競売にして後仕末をつけることになった。ところがその品物のなかで最も高・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・しかし今日この国に必要なのはむしろ新しき、健やけきアカデミーの再建である。学生にして学窓への愛とほこりとを持たぬことは自ら軽んじるものである。もとより私といえども今日学生の社会的環境の何たるかを知らぬものではなく、その将来の見通しより来る憂・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・そんな場合、栗本には、彼等が既に国家に対して債権者となっているように見えてきた。「何だい! 跛や、手なしや、片輪者にせられて、代りに目くされ金を貰うて何うれしいんだ!」彼は何故となく反感を持った。 しかし、これから、さき、なおどれだ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・勧業債券は一枚買って千円も二千円もになる事はあっても、掘出しなんということは先以てなかるべきことだ。悪性の料簡だ、劣等の心得だ、そして暗愚の意図というものだ。しかるに骨董いじりをすると、骨董には必ずどれほどかの価があり金銭観念が伴うので、知・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ね、あちらからもこちらからも立ち上って、それ以来、フランスの、春こうろうの花の宴が永遠に、永遠にだよ、永遠に失われる事になったのだけどね、でも、破壊しなければいけなかったんだ、永遠に新秩序の、新道徳の再建が出来ない事がわかっていながらも、そ・・・ 太宰治 「おさん」
・・・私が二度も罹災して、とうとう津軽の兄の家へ逃げ込んで居候という身分になったのであるが、簡易保険だの債券売却だのの用事でちょいちょい郵便局に出向き、また、ほどなく私は、仙台の新聞に「パンドラの匣」という題の失恋小説を連載する事になって、その原・・・ 太宰治 「親という二字」
出典:青空文庫