・・・しかし今うっかりそんな気ぶりが、婆さんの眼にでも止まったが最後、この恐しい魔法使いの家から、逃げ出そうという計略は、すぐに見破られてしまうでしょう。ですから妙子は一生懸命に、震える両手を組み合せながら、かねてたくんで置いた通り、アグニの神が・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・……… これは朝鮮に伝えられる小西行長の最期である。行長は勿論征韓の役の陣中には命を落さなかった。しかし歴史を粉飾するのは必ずしも朝鮮ばかりではない。日本もまた小児に教える歴史は、――あるいはまた小児と大差のない日本男児に教える歴史はこ・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・ 最後の白兵戦になったと彼は思った。 もう夕食時はとうに過ぎ去っていたが、父は例の一徹からそんなことは全く眼中になかった。彼はかくばかり迫り合った空気をなごやかにするためにも、しばらくの休戦は都合のいいことだと思ったので、「もう・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ ほんとうにかわいそうな御最期です。 かくて王子のからだは一か月ほど地の上に横になってありましたが、町の人々は相談してああして置いてもなんの役にもたたないからというのでそれをとかして一つの鐘を造ってお寺の二階に収める事にしました。・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・そして最後の一瞥を例の眠たげな、鼠色の娘の目にくれて置いて、灰色の朝霧の立ち籠めている、湿った停車場の敷石の上に降りた。 * * *「もう五分で六時だ。さあ、時間だ。」検事はこ・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・はすでに五年の間間断なき論争を続けられてきたにかかわらず、今日なおその最も一般的なる定義をさえ与えられずにいるのみならず、事実においてすでに純粋自然主義がその理論上の最後を告げているにかかわらず、同じ名の下に繰返さるるまったくべつな主張と、・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 毎夜、弁天橋へ最後の船を着けると、後へ引返してかの石碑の前を漕いで、蓬莱橋まで行ってその岸の松の木に纜っておいて上るのが例で、風雨の烈しい晩、休む時はさし措き、年月夜ごとにきっとである。 且つ仕舞船を漕ぎ戻すに当っては名代の信者、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 猟夫は最期と覚悟をした。…… そこで、急いで我が屋へ帰って、不断、常住、無益な殺生を、するな、なせそと戒める、古女房の老巫女に、しおしおと、青くなって次第を話して、……その筋へなのって出るのに、すぐに梁へ掛けたそうに褌をしめなおす・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・それにそんな考えを起こすのは、いよいよいけないという最後のときの覚悟です。今おうちではああしてご無事で、そうして河村さんもちゃんとしているのに、女としてあなたから先にそんな料簡を起こすのはもってのほかのことですぞ」 予はなお懇切に浅はか・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・目的はピー砲台じゃ、その他の命令は出さんから、この川を出るが最後、個々の行動を取って進めという命令が、敵に悟られん様に、聨隊長からひそかに、口渡しで、僕等に伝えられ、僕等は今更電気に打たれた様に顫たんやが、その日の午後七時頃、いざと一同川を・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
出典:青空文庫