・・・「そちは最前は依怙は致さぬ、致す訣もないと申したようじゃが、……」「そのことは今も変りませぬ。」 三右衛門は一言ずつ考えながら、述懐するように話し続けた。「わたくしの依怙と申すのはそう云うことではございませぬ。ことさらに数馬・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・裾を高くはしょり霜月の十八日の夜の道を宵なので月もなく推量してたどって行くと脇道から人の足音がかるくたちどまったかと思うと大男が槍のさやをはらってとびかかるのをびっくりして逃げる時にふりかえって見ると最前情をかけてくれた亭主である。出家は言・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・併し、彼は最善を尽して、よう/\二千円たまったが、それ以上はどうしても積りそうになかった。そしてもう彼は人生の下り坂をよほどすぎて、精力も衰え働けなくなって来たのを自ら感じていた。十六からこちらへの経験によると、彼が困難な労働をして僅かずつ・・・ 黒島伝治 「電報」
・・・ 病気を癒すことにかけては薮医者でも、上官の云ったことは最善を尽くして実行する、上には逆わない、そういう者の方が昇級は早い。軍医は、その軍隊のコツを十分呑みこんでいた。兵タイを内地へ帰えすと約束して、まだその舌の端が乾かないうちに、反対・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 又禹貢の九州を見るに之にも一の系統の截然として存するを見る。東を青州といへるは五行によれるものにて、東方は木徳、色は青なるによれるなるべく、西を梁州といへるは、十二宮にて正西に當れる大梁、。而して宗教的思想より進みて道徳を以て人々の行・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・ 私たちには、自身の行くべき最善の場所、行きたく思う美しい場所、自身を伸ばして行くべき場所、おぼろげながら判っている。よい生活を持ちたいと思っている。それこそ正しい希望、野心を持っている。頼れるだけの動かない信念をも持ちたいと、あせって・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・最も容易に入学できる医者の学校を選んで、その学校へ、二度でも三度でも、入学できるまで受験を続けよ、それが勝治の最善の路だ、理由は言わぬが、あとになって必ず思い当る事がある、と母を通じて勝治に宣告した。これに対して勝治の希望は、あまりにも、か・・・ 太宰治 「花火」
・・・ それだのに文学と科学という名称の対立のために、因襲的に二つの世界は截然と切り分けられて来た。文学者は科学の方法も事実も知らなくても少しもさしさわりはないと考えられ、科学者は文学の世界に片足をも入れるだけの係わりをもたないで済むものと思・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ 白木屋の火事の場合における消防当局の措置は、あの場合としては、事情の許す範囲内で最善を尽くされたもののように見える。それが事件の直前にちょうどこの百貨店で火災時の消防予行演習が行なわれていたためもあっていっそうの効力を発揮したようであ・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ ついでながら、切り立ての鋏穴の縁辺は截然として角立っているが、揉んで拡がった穴の周囲は毛端立ってぼやけあるいは捲くれて、多少の手垢や脂汗に汚れている。それでも多くの場合に原形の跡形だけは止めている。それでもしこのように揉んだ痕跡があっ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫