島木さんに最後に会ったのは確か今年の正月である。僕はその日の夕飯を斎藤さんの御馳走になり、六韜三略の話だの早発性痴呆の話だのをした。御馳走になった場所は外でもない。東京駅前の花月である。それから又斎藤さんと割り合にすいた省・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・矢切の渡を東へ渡り、小高い岡の上でやはり矢切村と云ってる所。矢切の斎藤と云えば、この界隈での旧家で、里見の崩れが二三人ここへ落ちて百姓になった内の一人が斎藤と云ったのだと祖父から聞いて居る。屋敷の西側に一丈五六尺も廻るような椎の樹が四五本重・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・お前も知ってるだろう、早船の斎藤よ、あの人にはお前も一度ぐらい逢った事があろう、お互いに何もかも知れきってる間だから、誠に苦なしだ。この月初めから話があっての、向うで言うにゃの、おとよさんの事はよく知ってる、ただおとよさんが得心して来てくれ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
「僕は、本月本日を以て目出たく死去仕候」という死亡の自家広告を出したのは斎藤緑雨が一生のお別れの皮肉というよりも江戸ッ子作者の最後のシャレの吐きじまいをしたので、化政度戯作文学のラスト・スパークである。緑雨以後真の江戸ッ子文学は絶えてし・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・階級の中世思想に反抗して興った新しい町人階級の人間讃歌であった如く、封建思想が道学者的偏見を有力な味方として人間にかぶせていた偽善のヴェールをひきさく反抗のメスの文学であろうか、それとも、与謝野晶子、斎藤茂吉の初期の短歌の如く新感覚派にも似・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・見れば斎藤という、これも建設委員の一人。莞爾しながら近づき、「どうも相済まん、僕は全然遊んでいて。寄附金は大概集まったろうか」 寄附金といわれて我知らずどきまぎしたが「大略集まった」と僅に答えて直ぐ傍を向いた。「廻る所があるなら・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「エイ、方々は何をうっかりとして居らるる。敵に下ぐる頭ではござらぬ、味方同士の、兄弟の中ではござらぬか。」と叱すれば、皆々同じく頭を下げて、「杉原太郎兵衛、御願い申す。」「斎藤九郎、御願い申す。」「貴志ノ余一郎、御願い申・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・、できるだけ軽く諸君の念頭に置いてもらって、そうして、その地獄の日々より三年まえ、顔あわすより早く罵詈雑言、はじめは、しかつめらしくプウシキンの怪談趣味について、ドオデエの通俗性について、さらに一転、斎藤実と岡田啓介に就いて人物月旦、再転し・・・ 太宰治 「喝采」
・・・その夜、斎藤君はおもわせぶりであるとあなたにいわれたために心がうつろになり、さびしくなっていて、それだけですでにおろおろして居たのです。僕が帰ることになったとき、先に払った同人費を還すからというとき、僕は心の中で、五円儲かった、と叫んだので・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・また川向うの斎藤だって、いまこそあんな大地主で威張りかえっているけれども、三代前には、川に流れている柴を拾い、それを削って串を作り、川からとった雑魚をその串にさして焼いて、一文とか二文とかで売ってもうけたものなんだ。また、大池さんの家なんか・・・ 太宰治 「親友交歓」
出典:青空文庫