・・・黙語氏が一昨年出立の前に秋草の水画の額を一面餞別に持て来てこまごまと別れを叙した時には、自分は再度黙語氏に逢う事が出来るとは夢にも思わなかったのである。○去年の夏以来病勢が頓と進んで来て、家内の者は一刻も自分の側を離れる事が出来ぬように・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・多少の再度の内省と分析とはあっても、たしかにこのとおりその時心象の中に現われたものである。ゆえにそれは、どんなに馬鹿げていても、難解でも必ず心の深部において万人の共通である。卑怯な成人たちに畢竟不可解なだけである。四 これは・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・二十歳の女の人生をその習慣や偏見のために封鎖しがちな中流的環境から脱出するつもりで行った結婚から、伸子は再度の脱出をしなければならなかった。世間のしきたりから云えば十分にわがままに暮しているはずの伸子がなぜその上そのように身もだえし、泣き、・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・新聞は、もう再度の文化暴圧にたいして、発言しなかった。進歩的な作家たちも、それについて理性からの批判は示しえなかった。舟橋聖一氏がこの間発表した「毒」という小説は、作品としては問題にするべきいくつかの点をもっているけれども、あのころ、わが身・・・ 宮本百合子 「ある回想から」
・・・ 二十六日 夜電話にて話す 二十七日 帰紐、夜逢って、リバーサイドを歩く。 二十八日 此日Aは始めてセミナーから Avery に来る。此頃自分はアベレーホールでイジプトの研究をして居たのだ。 三十日 A、Avery・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・今井へ行き、都で食事をし、east side に出かける、古本を見に。 二十一日 少し曇り気味の風の吹く日。ミス コーフィールドに電話で歎願して、パリセードに行く。 自分の膝に頭を横えて、静に涙をこぼす彼の上に風が吹・・・ 宮本百合子 「「黄銅時代」創作メモ」
・・・―― 自分は、座って サイドボールドの中を覗き 美しい柳の描いてある 水なし飴を一つつまみ ひとりで、部屋を見廻し 味わう。考えて見ると――貴女はそう思いませんか?人間そのものが芸術であると、思う。音楽や、絵や、建築・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ 自分の肖像 対照 大掃除 サイドボードを動かす 上の下らぬ大額をおろす。買い手が見つけられるから。「あれを買うって?」「本当?」「本当!」「へーえ、あれお父様ただ貰ったんだろう?」「そうじゃないらし・・・ 宮本百合子 「生活の様式」
・・・ R氏の家は、丁度市街に沿うてある細長いモーニングサイド公園に近いので、夕食後三十分か一時間も緩くりと散歩し、胃も頭も爽かになった時分に帰って、読書と、昼間書いた草稿を夫人に読んで聞かせ、忠言を得て字句の改正をする。夫人は、同じ灯の下で・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・資本主義の国々では、ニューヨークでも、ロンドンでも、イースト・サイドといえば、西区の上流区域とはちがって労働者、外国移民、猶太人などの住む、より貧しいより生活の苦しい区画とされている。東京で麹町と江東地区との生活にちがいがあるとおりである。・・・ 宮本百合子 「婦人デーとひな祭」
出典:青空文庫