・・・さて、お肴には何よけん、あわび、さだえか、かせよけん、と栄螺蛤が唄になり、皿の縁に浮いて出る。白魚よし、小鯛よし、緋の毛氈に肖つかわしいのは柳鰈というのがある。業平蜆、小町蝦、飯鮹も憎からず。どれも小さなほど愛らしく、器もいずれ可愛いのほど・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・このおばあさんに続いて、襷をはずしながら挨拶に来る直次の連合のおさだ、直次の娘なぞの後から、小さな甥が四人もおげんのところへ御辞儀に来た。「どうも太郎や次郎の大きくなったのには、たまげた。三吉もよくお前さん達の噂をしていますよ。あれも大・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・十坪の庭にトマトを植え、ちくわを食いて、洗濯に専念するも、これ天職、われとわがはらわたを破り、わが袖、炎々の焔あげつつあるも、われは嵐にさからって、王者、肩そびやかしてすすまなければならぬ、さだめを負うて生れた。大礼服着たる衣紋竹、すでに枯・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・いったいいつまでこのおさだまりの記事をつづけるつもりであるのかその根気のよさにはだれも感心するばかりであろう。こんな事件よりも毎朝太陽が東天に現われることがはるかに重大なようにも思われる。もう大概で打ち切りにしてもよさそうに思われるのに、そ・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
十月三十一日 晴 起きてみると誰の姿も見えず。庭の方でYとSさんらしい声がする。顔を洗っていると、さだが「おや」と裏の方から出て来た。 雨戸にかんかん日がさしている。芝生で椅子を並べ、Sさん、Yが支払いの帳面しら・・・ 宮本百合子 「金色の秋の暮」
・・・コクトオは或る意味で才能をもった詩人と云われているのであるが、彼の日本印象記は、おさだまりの日本印象記であった。彼は、自身のカリケチュアを私共に示した。私共は私共の現実の中に生き、その悲喜を生きている。コクトオやスタンバアグが大川端の待合で・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・ 娘のまきと、さだに守りをされながら、六の小さい裸足の足音は湿りけのある地面に吸いつくような調子で、今来て肩につかまったかと思うと、もうあっちへヨチヨチとかけて行く。「ア、六。 そげえなとこさえぐでねえぞ。 血もんもが出来て・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫