・・・ と揚幕へ宙を飛んだ――さらりと落す、幕の隙に、古畳と破障子が顕われて、消えた。……思え、講釈だと、水戸黄門が竜神の白頭、床几にかかり、奸賊紋太夫を抜打に切って棄てる場所に……伏屋の建具の見えたのは、どうやら寂びた貸席か、出来合の倶楽部・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ちょうど汀の銀の蘆を、一むら肩でさらりと分けて、雪に紛う鷺が一羽、人を払う言伝がありそうに、すらりと立って歩む出端を、ああ、ああ、ああ、こんな日に限って、ふと仰がるる、那須嶽連山の嶺に、たちまち一朶の黒雲の湧いたのも気にしないで、折敷にカン・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・鼻筋のすっと通ったを、横に掠めて後毛をさらりと掛けつつ、ものうげに払いもせず……切の長い、睫の濃いのを伏目になって、上気して乾くらしい唇に、吹矢の筒を、ちょいと含んで、片手で持添えた雪のような肱を搦む、唐縮緬の筒袖のへりを取った、継合わせも・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 衣摺れが、さらりとした時、湯どのできいた人膚に紛うとめきが薫って、少し斜めに居返ると、煙草を含んだ。吸い口が白く、艶々と煙管が黒い。 トーンと、灰吹の音が響いた。 きっと向いて、境を見た瓜核顔は、目ぶちがふっくりと、鼻筋通って・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・大丈夫だよ、なあにそんなに気に懸ける事はない、ほんのちょいと気を取直すばかりで、そんな可怪しいものは西の海へさらりださ。」「はい、難有う存じます、あのう、お蔭様で安心を致しましたせいか、少々眠くなって参ったようでざいますわ。」 と言・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ と壁の隅へ、自分の傍へ、小膝を浮かして、さらりと遣って、片手で手巾を捌きながら、「ほんとうにちと暖か過ぎますわね。」「私は、逆上るからなお堪りません。」「陽気のせいですね。」「いや、お前さんのためさ。」「そんな事を・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・自分がきめてもいいから楽ができなかった時にすぐ機鋒を転じて過去の妄想を忘却し得ればいいが、今のように未来に御願い申しているようではとうていその未来が満足せられずに過去と変じた時にこの過去をさらりと忘れる事はできまい。のみならず報酬を目的に働・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・裁の跡を収め、下士もまた上士に対して旧怨を思わず、執念深きは婦人の心なり、すでに和するの敵に向うは男子の恥るところ、執念深きに過ぎて進退窮するの愚たるを悟り、興に乗じて深入りの無益たるを知り、双方共にさらりと前世界の古証文に墨を引き、今後期・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ 勘助は、勇吉を眺め、やはり楽しそうにさらりといった。「そうけ、じゃあやめべえ、おやすみなんしょ」 翌日、勇吉は、麦粉をもって勘助のところへ行った。「はあ、何ともはあ……どうぞお前から皆によろしくいってくんさんしょ、いずれ何・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・又は、後半の狂言風な可笑しみで纏め、始めの自責する辺などはごくさらりと、折角、一夜を許し、今宵の月に語り明かそうと思えば、いかなこと、この小町ほどの女もたばかられたか、とあっさり砕けても、或る面白味があっただろう。 行き届いて几帳が立て・・・ 宮本百合子 「気むずかしやの見物」
出典:青空文庫