・・・そして犬の血のついたままの脇差を逆手に持って、「お鷹匠衆はどうなさりましたな、お犬牽きは只今参りますぞ」と高声に言って、一声快よげに笑って、腹を十文字に切った。松野が背後から首を打った。 五助は身分の軽いものではあるが、のちに殉死者の遺・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・具足の威は濃藍で、魚目はいかにも堅そうだし、そして胴の上縁は離れ山路であッさり囲まれ、その中には根笹のくずしが打たれてある。腰の物は大小ともになかなか見事な製作で、鍔には、誰の作か、活き活きとした蜂が二疋ほど毛彫りになッている。古いながら具・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・「陛下、お気をお鎮めなさりませ。私はジョセフィヌさまへお告げ申すでございましょう」 緞帳の間から逞しい一本の手が延びると、床の上にはみ出ていた枕を中へ引き摺り込んだ。「陛下、今宵は静にお休みなされませ。陛下はお狂いなされたのでご・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・あったお城は御維新のあとでお取崩しになって、今じゃ塀や築地の破れを蔦桂が漸く着物を着せてる位ですけれど、お城に続いてる古い森が大層広いのを幸いその後鹿や兎を沢山にお放しになって遊猟場に変えておしまいなさり、また最寄の小高見へ別荘をお建てにな・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
出典:青空文庫