さて、明治の御代もいや栄えて、あの時分はおもしろかったなどと、学校時代の事を語り合う事のできる紳士がたくさんできました。 落ち合うごとに、いろいろの話が出ます。何度となく繰り返されます。繰り返しても繰り返しても飽くを知・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・が、そこにもまた、いろいろな手段がとられていて、先日東京から来たある友達の話によると、外米の入っていない県にいる親戚に頼んだり、女中さんの田舎へ云ってやったりして、送ってもらっている者がだいぶあるとか。旱魃を免れた県には、米穀県外移出禁止と・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・ってきた幾年の間を浮世とやり合って、よく搦手を守りおおさせたいわゆるオカミサンであったのであるし、それに元来が古風実体な質で、身なり髪かたちも余り気にせぬので、まだそれほどの年では無いが、もはや中婆ァさんに見えかかっている位である。「ア・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・その人は母親に、自分たちのしている仕事のことを話して、中にいる息子さんの事には少しも心配しなくてもいゝと云った。「救援会」の人だった。然し母親は、駐在所の旦那が云っているように、あんな恐ろしいことをした息子の面倒を見てくれるという不思議な人・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・「キョウサントウだかって……」「何にキョ……キョ何んだって?」「キョウサントウ」「キョ……サン……トウ?」 然し母親は直ぐその名を忘れてしまった。そしてトウトウ覚えられなかった。―― 小さい時から仲のよかったお安は、・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・「キョウサントウだかって……」「何にキョ……キョ何んだって?」「キョウサントウ」「キョ……サン……トウ?」 然し母親は直ぐその名を忘れてしまった。そしてトウトウ覚えられなかった。―― 小さい時から仲のよかったお安は、・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
・・・四方の建物が高いので、サン/\とふり注いでいる真昼の光が、それにはとゞいていない。それは別に奇妙な草でも何んでもなかったが――自分でも分らずに、それだけを見ていたことが、今でも妙に印象に残っている。理窟がなく、こんなことがよくあるものかも知・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・四方の建物が高いので、サン/\とふり注いでいる真昼の光が、それにはとゞいていない。それは別に奇妙な草でも何んでもなかったが――自分でも分らずに、それだけを見ていたことが、今でも妙に印象に残っている。理窟がなく、こんなことがよくあるものかも知・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・りと白き丸顔の愛敬溢るるを何の気もなく瞻めいたるにまたもや大吉に認けられお前にはあなたのような方がいいのだよと彼を抑えこれを揚ぐる画策縦横大英雄も善知識も煎じ詰めれば女あっての後なりこれを聞いてアラ姉さんとお定まりのように打ち消す小春よりも・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・「とうさん、僕と三ちゃんと二人で行ってさがして来るよ。いい家があったら、とうさんは見においで。」 次郎は次郎でこんなふうに引き受け顔に言って、画作の暇さえあれば一人でも借家をさがしに出かけた。 今さらのように、私は住み慣れた家の・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫