・・・一段高い帳場の前へ、わざと澄ました顔して、黙って金箱から、ずらりと掴出して渡すのが、掌が大きく、慈愛が余るから、……痩ぎすで華奢なお桂ちゃんの片手では受切れない、両の掌に積んで、銀貨の小粒なのは指からざらざらと溢れたと言う。……亡きあとでも・・・ 泉鏡花 「怨霊借用」
・・・…… 頤骨が尖り、頬がこけ、無性髯がざらざらと疎く黄味を帯び、その蒼黒い面色の、鈎鼻が尖って、ツンと隆く、小鼻ばかり光沢があって蝋色に白い。眦が釣り、目が鋭く、血の筋が走って、そのヘルメット帽の深い下には、すべての形容について、角が生え・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と、あとを口こごとで、空を睨みながら、枝をざらざらと潜って行く。 境は、しかし、あとの窓を閉めなかった。もちろん、ごく細目には引いたが。――実は、雪の池のここへ来て幾羽の鷺の、魚を狩る状を、さながら、炬燵で見るお伽話の絵のように思・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 戸を開けると一所に、中に真俯向けになっていた、穢い婆が、何とも云いようのない顔を上げて、じろりと見た、その白髪というものが一通りではない、銀の針金のようなのが、薄を一束刈ったように、ざらざらと逆様に立った。お小姓はそれッきり。 さ・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 半壊れの車井戸が、すぐ傍で、底の方に、ばたん、と寂しい雫の音。 ざらざらと水が響くと、――身投げだ――――別嬪だ――――身投げだ―― と戸外を喚いて人が駆けた。 この騒ぎは――さあ、それから多日、四方、・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・そのうちに肉屋はほうちょうをとぎおえて、刃先をためすために、そばの大きな肉のはしの、ざらざらになったところを、少しばかり切り落しました。そして、「ほら。」と言って、やせ犬になげてやりました。すると犬は、それが地びたへおちないうちに、ぴょ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・私はいつも、けちけちしている癖に、ざらざら使い崩すたちなので、どうしてもお金が残りません。一文おしみの百失いとでもいうものなのでしょうか。しかも、また、貧乏に堪える力も弱いので、つい無理な仕事も引受けます。お金が、ほしくなるのです。ラジオ放・・・ 太宰治 「みみずく通信」
・・・片側は滑かであるが、裏側はずいぶんざらざらして荒筵のような縞目が目立って見える。しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しい簾のような縞目が見える。この縞はたぶん紙を漉く時に繊維を沈着させる簾の痕跡であろうが、裏側の・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・向うにはさっきの、四本の柏が立っていてつめたい風が吹きますと、去年の赤い枯れた葉は、一度にざらざら鳴りました。タネリはおもわず、やっと柔らかになりかけた藤蔓を、そこらへふっと吐いてしまって、その西風のゴスケといっしょに、大きな声で云いました・・・ 宮沢賢治 「タネリはたしかにいちにち噛んでいたようだった」
・・・長さ十間、ざらざらの鼠いろの皮の雷竜が短い太い足をちぢめ厭らしい長い頸をのたのたさせ小さな赤い眼を光らせチュウチュウ水を呑んでいる。あまりのことに楢ノ木大学士は頭がしいんとなってしまった。「一体これはどう・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
出典:青空文庫