・・・となって、椎名麟三が、ドストイェフスキーにばかり親しまなければならなかった、ということも、あながち、自身の気質によりかかったとばかりは云えまい。椎名麟三も、日本へ帰りはじめている。 ひとくちに、戦後の文学、戦後の作家とよばれている現代文・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・ 第三は、インテリゲンチャの間から野間宏、椎名麟三、中村真一郎氏その他の作家が注目すべき創作活動を行ったこと、勤労大衆の文化的活動がさかんになってきて文学サークル協議会が確立し、『文学サークル』という雑誌が出るようになったし、全逓新聞の・・・ 宮本百合子 「一九四七・八年の文壇」
・・・けれどもその半面では、ドストイェフスキーばりの椎名麟三の作品が流行しはじめ、また新日本文学会と同時に活動をはじめた『近代文学』のグループが、つかみかかる相手をとりちがえたような熱中ぶりで近代的な「自我」の確立のためにと、過去のプロレタリア文・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・ブルジョア・リアリズムの限界を感じて、しかも民主主義的な人民の文学の発生に対して自分を合流させなかった作家たちが、高見順からはじまって坂口安吾まで、椎名麟三まで、流れ崩れて、漂っています。芸術の分野で多くの要素を占めている小市民的な階層の作・・・ 宮本百合子 「第一回日本アンデパンダン展批評」
・・・そして、文学恋いから太宰だの、椎名麟三だのを腹ばいになって読む。その人の現実と読まれる文学の間に何の必然のつながりがあるでしょう。一人の労働者として組合の仕事とふれてゆく文学の間に非常にギャップがある。そういうギャップが現実にあるから舟橋聖・・・ 宮本百合子 「平和運動と文学者」
帝銀事件として、帝国銀行椎名町支店におこった全行員から小使一家までの毒殺事件は、意味のわからないほど惨酷な毒殺方法で、すべての人の心を寒くした。犯人の目星がついた、つかないと、推理小説家まで動員されてのさわぎのうちに、日は・・・ 宮本百合子 「目をあいて見る」
出典:青空文庫