・・・ジュヌヴィエヴはいかにも十六歳の少女らしく、鋭いが未熟で現実的でない思惟と情熱とで、自分に子供を与えてくれるようにと、科学の教師である医師マルシャルに求める。マルシャルはそれを拒絶する、ジュヌヴィエヴには自分のいっていることの真の意味がまだ・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・は、文壇の一つの側に門をあけたが、そこから出現した新進は、文学に新鮮活溌な風をふき起す代り、思惟と感情の異様な蜒り、粘っこさを文体にまで反映して、若き世代の文学が当面している社会的・文学的重圧の大きさを思わしめるものが多かったのである。・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・三二年に国際的決定を見た日本の半封建社会は、その社会に即する半封建の思惟力と文学のよわい脚との上に、プロレタリア文学運動もろとも社会主義的リアリズムという、未来にわたって展望の長い、興味ふかい国際的な文学課題までも、崩れへたばらせてしまうこ・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・絵にかいたらば妖怪のような理性の逆立ちした思惟や、勇気の欠けていることをおおいかくすための詭弁や、――それは人間の愚劣さをあらわすものとしてわたしたちの周囲にあふれている。解放したい「自我」を詭弁の足かせでしばりつけることは、あまり悲しいこ・・・ 宮本百合子 「自我の足かせ」
・・・その社会的共感の基礎として集団的人間が予想され、今日のわれわれの合理性の声として、人間性を内容づける階級性も、当然思惟の領域に入っているのであるが、それを性急に従来の定形に準じて方向づけてしまっても、観念上の満足にとどまって、現代ヒューマニ・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・何故なら、作家と作品との間にそういう甚しい分裂が生じたのは、この数年来文学の世界に真の現実諸関係を生かそうとせず、作家の恣意によって風俗の一断面を自身の鏡の下において眺めたり、思念の断片を一つの世界に拡大して見たりして来ていた文学への云って・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・駿介に還る田舎を設定しなければこの小説全篇が成り立たないことや、そのような形で簡単に思惟と行為とを対立させて、云わば仮定から一つの実験を展開させているところは、文学作品としての被いがたい弱さであると思わざるを得ない。理想を持とうとしているの・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・「労働者階級の意識は、たとえそれが如何なる階級に関係したことであろうとも、恣意と圧制、暴力と濫用が行われたときは、いついかなる場合にも黙過しないようにならされているのでなければ、真に政治的な意識ではない」ということは、民主主義とその文学・・・ 宮本百合子 「その柵は必要か」
・・・一つでも、その半片でも、人間が受けている、或は受けなければならない苦難を知ると、その一点を中心として四囲に発散している種々の光彩を見、感じる事が出来るように成るのではあるまいか、私の魂が粗野で、先頃までは鈍かった感触が此頃漸々有るべき発育を・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・彼女は、新カント派と多くの論戦を交えたが、弁証法を軽視し、その思惟が機械的だったことは、結局道徳律の問題において彼女を敵の陣営――彼女が一生涯それらと闘ったその敵の陣営に導いた。」 大体思索し得る女流の間に道徳家が多いのは何故であろうか・・・ 宮本百合子 「婦人作家は何故道徳家か? そして何故男の美が描けぬか?」
出典:青空文庫