・・・晩年には益々昂じて舶来の織出し模様の敷布を買って来て、中央に穴を明けてスッポリ被り、左右の腕に垂れた個処を袖形に裁って縫いつけ、恰で酸漿のお化けのような服装をしていた事があった。この服装が一番似合うと大に得意になって写真まで撮った。服部長八・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・両手にかこまれて、顔で蓋をされた、敷布の上の暗黒のなかに、そう言えばたくさんの牛や馬の姿が想像されるのだった。――彼は今そんなことはほんとうに可能だという気がした。 田園、平野、市街、市場、劇場。船着場や海。そう言った広大な、人や車馬や・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・藁布団の上に畳んだ敷布と病衣は、身体に纒われて出来た小皺と、垢や脂肪で、他人が着よごしたもののようにきたなかった。「あゝ、あゝ、まるで売り切りの牛か馬のようだ。好きなまゝにせられるんだ!」 彼等は、すっかりおさらばを告げて出て行った・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・袖子は敷布をかかえたまま物も言わないで、蒼ざめた顔をしていた。「袖子さん、どうしたの。」 最初のうちこそお初も不思議そうにしていたが、袖子から敷布を受け取ってみて、すぐにその意味を読んだ。お初は体格も大きく、力もある女であったから、・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・ゆきさんは、さっさと敷布を換えてくれた。眠った。 あくる朝は、うめく程であった。眼をさまし、笠井さんは、ゆうべの自身の不甲斐なさ、無気力を、死ぬほど恥ずかしく思ったのである。たいへんな、これは、ロマンチシズムだ。げろまで吐いちゃった。憤・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・人は生活を赤裸々にして羽毛蒲団の暖さと敷布の真白きが中に疲れたる肉を活気付けまた安息させねばならぬ。恋愛と睡眠の時間。われわれが生存の最も楽しい時間を知るのは寝床である。寝床は神聖だ。地上の最も楽しく最も好いものとして敬い尊び愛さねばな・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・その石は実際柔らかで、又敷布のように白かった。そのかわり又大学士が、腕をのばして背嚢をぬぎ、肱をまげて外套のまま、ごろりと横になったときは、外套のせなかに白い粉が、まるで一杯についたのだ。もちろん学士はそ・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ みんなの前の木の枝に白い一枚の敷布がさがっていました。 不意にうしろで「今晩は、よくおいででした。先日は失礼いたしました。」という声がしますので四郎とかん子とはびっくりして振り向いて見ると紺三郎です。 紺三郎なんかまるで立・・・ 宮沢賢治 「雪渡り」
・・・ 彼は眉を顰めながら、敷布の間で体の位置をかえた。枕の工合をなおした。 彼にはれんがちゃんと断って来た報告をしないのが気に触った。其上いつもなら枕元に椅子を引きよせて、五月蠅いほど何か喋ったり笑ったりする彼女―― Chatterbo・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ きのう速達で手拭、タオル、下へはくもの、単衣、フロ敷等お送りし、フトンは敷布を添えました。タオル二本のうち、私は薄手の方がさっぱりした使い心地だろうと思いますが、実際はどうかしら。薄いのがよかったらこの次はそれだけにいたしましょう。本・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫